「勇者機兵隊について…ですか?」

 完全に虚を突かれたといった面持ちで、神条正人は問い返した。
 そこは彼の愛機、勇者機兵を格納するためにあてがわれた空間である。
 レオニス傭兵団との交戦によってダメージを受けていた機体も修復され、最終チェックと試験飛行を残すのみという頃合いで、解放された操縦席に腰かけながら前者をこなしていた正人に投げ掛けられたのが前述の質問である。

「……それはまぁ、隠し通すことでもないですし。気になる点があるのなら、可能な限りお答えしますよ」

 整備用に急遽拵えられた木製のステップの、防護柵に身を預けながら話し掛けてきた異能の女性トーコに対して、作業を妨げられたことに対して咎めることもせず笑顔で切り返す正人。
 それはむしろ、話し掛けた方が気後れするほどに丁寧な対応と言えた。
 気後れとは無縁の性格と環境にあった筈の彼女にしても、その認識を覆すには至らなかったほどである。

「気になるってゆーかさ。どんな日常を送ってくれば、こんな絵に描いたような生真面目男が出来上がるモンかなって」

「面と向かってそう言われるのも、随分と珍しい経験なんですけどねぇ」

 困惑の表情を浮かべながらの正人の指摘に対して、トーコは特に気後れした様子も見せないままだ。
 こういうタイプの人間と話をするのは初めてでない正人だったが、ここまでざっくりと割り切った人物というのも、そうそうお目にかかれるものではない。

「そもそも、勇者機兵隊は生命を守ることに特化した組織で、私自身の性格の形成に関わるものでは…」

「ソコよ」

 台詞を遮るように紡がれた指摘に、正人は思わず言葉を止めた。
 トーコは思案というより、むしろ困惑の表情を浮かべながら続ける。

「見ず知らずのヤツを何の裏も無く前向きに、さも当然のよーに助けようとするその態度」

 責め立てるような雰囲気があるわけではない。理解に至らない原理の解明を試みるような、疑問点への追及を逸脱しない範囲での問いに過ぎなかった。

「アタシの居たトコじゃ、まずあり得ない発想なわけ。率直に言って、”なんで?”って話なのよ」

「何で、と言われると困りますが…そんなに変ですか、私の性格?」

「うん。」

 即答である。
 悪びれた様子もなく返された答えに、遠回しに指摘される以上のダメージを与えられつつも、正人は気を取り直して口を開いた。

「そ、そうはっきり言われると複雑ですが……まぁ確かに、そういう評価をされるような行動はしていた…のかな」

 珍しく歯切れの悪い口調で答える正人に対して、トーコは意地の悪い笑みを浮かべながら聞き返した。

「何さ。前にも似たようなコトを誰かに突っ込まれたの?」

「ご明察です」

 苦笑混じりに肯定した正人に、トーコはこれ以上無い程に違和感なく納得していた。
 住む世界が違うとは言えど、突き詰めて考えれば”人間”という本質はそうそう変わるものではない。
 トーコの居た世界にもお人好しが居なかった訳ではなく、長生きするには不向きな性格という認識で存在しているのだ。
 故に彼女の感じる違和感を言葉で表すならば、正人の人格そのものではなく、有無を言わさぬ絶対性にあると言えた。

「要するに、その生真面目な性格はそっちの世界でも頭ひとつぶん突き抜けてたってワケね」

「その様です。素直に喜べない評価って言うのが正直なところですが」

 自分で認めざるを得ない真面目さというものにまるで縁の無かったトーコは、正人の素直さに呆れるを通り越して感心していた。
 だが羨ましいとは微塵も思わないというのは、何も彼女の性格のせいだけではあるまい。
「…それってさ、堅苦しい生き方だとは思わない? アタシだったら息が詰まって仕方ないわね」

「そういうものですか…」

 本当に理解に至らないといった面持ちの正人の様子に、トーコは直感的に確信する。
 やや特性が異なるものの、勇者機兵隊の隊長を務めるこの男が、天然と呼ばれる部類であることを。

「…ま、それを悪いこととは言わないけどサ。何で? って疑問も根強いのよねぇ」

「なるほど。話は良くわかりました」

 浮かべた苦笑は消えないまでも、納得のいった表情で頷くと、正人は改まった口調で言葉を続けた。

「概要を問われている訳では無いようなので、大雑把に説明すると…勇者機兵隊とは、無条件で人の命を守る組織というのが定義です。おそらくは、この”無条件”という点が引っ掛かっていると思うのですが」

 トーコは無言で頷く。

「要は、単に”線引き”を行えないからこその無条件なんですよ。違う星で生まれたもの同士が顔を付き合わせているんです、目的も理由も千差万別ですからね」

「…そんなんで、よく一つのグループに纏まってるモンね」

 感心をも通り越して、やはり呆れ返った様子で、トーコは肩を竦めた。
 正人としても、これに異議を申し立てるつもりは無いようだ。

「私としても、先代の隊長が築いた土台を活用してようやく形になってきた、という程度ですからね。一から統率しようとすると、やはりご指摘の通りバラバラになってしまいますからね」

 その統率できない者の筆頭の顔でも思い出しているのか、なんとも微妙な表情を浮かべる正人にトーコはなるほど、と納得した。
「その気苦労も、随分と年期の入ったモノだったワケね」

「そういうことです……誇らしげに言う台詞ではないですが」

 苦笑も様になっているという皮肉を、トーコは流石に飲み込んだ。

「しかし、先代ねぇ……お人好し軍団みたいなのが、そんな長い歴史を持っていることの方が驚きだわ」

「ハハハ…人助けをするっていうだけの組織なら、貴女の世界にもあるんじゃないかと思いますがね」

 何気ない正人の問い返しに、心当たりのあったトーコの表情が露骨に歪んだ。

「…………あー、余計な親切の押し売り業者みたいのなら」

「…それはまた、随分と過激な方々なようで。我々も機兵なんて力を保有している手前、偉そうに言えないですけど」

「そんだけ謙虚なら上等。奴ら、自分が正しいて思い込んでいるだけならまだしも、ソレをこっちまで押し付けてこようとしてさぁ……もー勝手にやってろって感じなワケよ」

 心底鬱陶しそうに語るトーコの態度に、彼女がその組織と敵対、交戦したことがあると正人は悟った。

「我を通すことにケチつける気は無いけどさ、付き合わされるこっちの身にもなれってね」

 思い出したことで余計に腹が立ってきたのか、不快指数急上昇中のトーコの顔に、正人は若干ひきつった表情を浮かべる。
 そんな彼に配慮した訳ではないだろうが、トーコは思わず感情的になっていた自分を自制して肩を落とした。
 腹を立てたら腹が減ってきたというのも、理由の一つではあるのだろうが。

「……まぁ、盛大に話逸れちゃったけど。そんなノリの世界で生きてた手前、ぶっちゃけアンタみたいな人って胡散臭くてさぁ」

 不躾と称するのも躊躇われるほどに率直な物言いに、正人は複雑な心境のまま笑顔だけは崩さなかった。

「面と向かって言われるのは初めての経験ですが……納得のいく話ですね。そういう評価そのものは、以前からありましたから」

 いかなる惑星にも属さない武装組織という存在が、無条件で命を守りますなんて話をされて、はいお願いしますなどと答えるものはまずいないだろう。

「ならさ。これから肩を並べようって相手にそういう感情を抱きかねないって状況が、宜しくないってのも分かるよね?」

「その点は心配しなくて良いと思いますよ」

 猜疑心を露にしたトーコに対して、正人は気負う様子一つ見せないままあっさりと答えを返した。

「は?」

「もし、貴女方に対して裏切り行為をした時は、おそらく私はその時点で命を落としているでしょうから」

 やはり気追いなく続けられた言葉に、トーコは今度こそ言葉を失っていた。

「実は意識を取り戻す直前……直後? まぁその近辺で釘を刺されましてね。棺桶越しに言われた話なので、効果覿面ですよ」
「あぁ、そういう…一応言っておくと、棺桶はその状況を狙ってやった訳じゃないからね」

 半ばというか殆どネタで陥った状況であるために、その奇妙にシンクロした状況には顔をしかめるしかないトーコであった。
 正人としてもあの光景がごく平凡な日常の一コマとは思っていなかった、というか思いたくなかったようで、その返答に対して安堵の表情を浮かべている。

「私だって、死に急ぎたい訳じゃないですから。少なくとも”この世界”に留まっている間は全面的に協力しますよ」

「…ま、今はその台詞を信じることにするわ。アンタ、嘘を吐くの下手そうだし」

 これまでの受け答えの中で、正人の様子を観察し続けていたトーコの結論がそれだった。
 問い掛けの本質を見抜いた上で必要と思われる答えを返すその手法は、彼が交渉事に慣れている側面を窺わせるものの、妙な勘繰りを抱かせる程の不自然さが感じられた訳でもない。

「そう言われるのは複雑ですが、信じて頂けるなら幸いですね」

 変に自身を卑下せずに、我を通すようなこともない振る舞いの彼から感じ取れたのは、”自分に敵意はない”ということを真摯に訴えている姿であった。

(こんな生真面目の化身みたいなのが引き連れてる組織なんて、入ってみたいとも思わないけど……なるほど、隊長を務められている理由の根元は、何となく分かるような気がするわね)

 どんな相手にも”自分を信じさせる”ことの出来る資質を持つがゆえに、正人は重荷ともなりかねない立場に立っていられるのだろう。
 自由に生きることで我を通す生き方と、不自由さを受け入れた上で我を通す生き方に、どれ程の違いがあるのだろうか。
 そんなことを無意識の内に考えていると、ふと何者かの気配を感じで視線を向けた。
 ”上”に。


「マサトー! 皆準備出来たってさー!」



 光の軌跡を描きながら風を切り、飛来するのは人の姿をした存在。しかしその背中には蝶を思わせる透き通った羽を持ち、その背丈も人と比べれば遥かに小さい。
 風の妖精シエル。成り行きから正人と契約し、行動を共にするようになった少女である。
 その姿を確認したトーコは彼女の台詞からおおよその状況を察し、視線を正人に戻しながら口を開いた。

「これからお出かけ?」

「えぇ。勇者機兵の試験飛行に合わせて、少し調査を」

 正人は答えを返しながら、操縦席の表示に視線を戻していた。
 今まで会話していた空気と全く変わらないままに、機体の調整に戻る正人の姿。それはどんなことにも真剣に打ち込むという、彼の基本精神が如実に表れている。
 もちろん、見習いたいとは微塵にも思わなかった訳だが。

「……そ。頑張って頂戴な……あ、お土産あればよろしくー」

 軽い気持ちで口にした言葉に視線を上げた正人が驚きの表情を浮かべたことで、何となくしてやったりの笑みを浮かべるトーコであったのだが。

「分かりました。何か見繕っておきますね」

 至極真面目に返されてしまったことで、逆に虚を突かれる形となってしまっていた。
 この場に居合わせた他のメンバーとは違いつつも、真っ直ぐなものの捉え方と生き方を実践しようとする彼の姿に、先ほどまで抱いていた疑念の殆どは知らずの内に薄れていることに、トーコは気付く。
 これ以降も顔を合わせることがあれば、とりあえず挨拶くらいは交わしてやろうかねと思いつつも、邪魔にならぬようにと、周囲を飛び回る妖精の相手を始めた若き隊長に背を向けると、その場を立ち去るのであった。




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