岩盤をくり抜かれたような洞窟に備え付けられた、即席の格納庫。その中央に半ば括りつけられるような形で直立する、巨大な機影が存在した。
 青を基調とし、背面に二基の大型ブースターを備えた起動兵器。勇者機兵ストライクキャリバーである。
 レオニス傭兵団との交戦により、大きく破損することとなったこの機体は、現地調達の資材と協力者により、奇跡的にその修復を終えようとしていた。

「すみません、ユマさん。こちらの技術者の所在が掴めないせいで、手間をかけることになってしまって」

 その機影を見上げるような形で声を掛けるのは、機体の操縦者である神条正人(しんじょう まさと)である。機体と同じく、交戦時に重傷を負っていたのだが、今では既に意識を取り戻して機兵の修復の手伝いをしていた。
 本人曰く”機兵が無いと何もできない”為、現地協力員、要はこの格納庫を含めた土地の持ち主から、消極的な態度ながらも協力を取り付けることに成功したのである。
 もっとも、修復に直接関わったのは彼と同じ、所謂”居候組”の方なのだが。どうやら自分と同じような境遇で訪れたらしいメンバーと、正人は協力することを了承したのである。
 そのメンバーの一人が現在、勇者機兵の最終調整を行っているところだった。故に正人はその場に同席し、その様子を見守っていたのである。

「いえ、気にしないで下さい。こっちも、勇者機兵隊のテクノロジーの勉強をさせて貰えて、役得でしたから」

「そう言って貰えると、私も気が楽ですよ」

 今現在操縦席に納まっているそのメンバー、技術者のユマは、どこか嬉しそうな声で返事をする。その様子に仲間の面影を見た正人は、思わず笑みを零していた。

(レオナとは気が合いそうだ…………これなら勇者機兵を弄らせたことにも、そう反発はしないだろう)

 勇者機兵隊の仲間である技術者、レオナ=ラージス。勇者機兵の開発者でもある彼女は、隊にいる間も勇者機兵の全ての調整を一手に引き受けてくれていた。緊急事態とは言え、彼女に断り無しに他の技術者に手出しさせるのは、気が引けていたというのが正直なところである。
 だが現実問題、勇者機兵が無ければ正人は一般人と大差ない存在である。未知の惑星、それ以前に異世界に飛ばされたとあっては、備えはいくつあっても足りないくらいだった。

「でもこの機体…試作機って聞いてましたけど、随分と完成度が高いですね」

 ユマからの質問に、正人は苦笑を交えつつ答えを返す。

「あぁ、技術者が凝り性でしてね……元々の基本設計は初代の頃から変わってないそうで、状況や私の能力向上に合わせて、それこそオプションを交換する感覚で調整しているからだと思いますよ」

 キャリバーとは元々、換装によって機能を拡張できる、万能機として開発されている。その機能はかつて搭乗していた初代キャリバーから変わっていない。
 ストライクキャリバーは”白兵戦特化”というテーマがあり、変形のシーケンスも大きく変更されているが、外部接続のコネクターは残されている為、一部を除いて従来の合体機構を再現することも可能であった。
 そんな話を聞かされたユマは、感心したというよりは驚いた様子で告げる。

「……汎用性が高い専用機というのも、随分珍しいですね」

 汎用性の高さは、どちらかと言えば量産機に求められるものだろう。個人の能力や癖を確実にフィードバックさせようとすれば、どうしても特機的な発想に向いてしまうからである。
 もちろん、例外は存在するが。

「恥ずかしながら…私の戦闘スタイルが変わり過ぎたせいなんですよ。体格や感覚に合わせて、色々と武器を持ち替えてましたので」

 これまでの戦いにおいて、必要に駆られたと言うよりは自らが望む形で、正人はあらゆる戦闘技術を身に着けてきた。一つを極めることには向かなかったらしい彼だからこそ、その戦術の幅は広がったという訳である。
 天才肌、と言うと語弊があるが、あらゆる物事に対する適応能力がずば抜けた正人にとって、キャリバーとはまさに専用機に相応しかったと言えるだろう。

「へぇ…あ、それで剣の他にも、爪、銃といった武装が搭載されてるんですね」

 修復の際に見つけたであろう、勇者機兵の機能の多彩さに、ユマは納得のいった表情で頷いていた。
 しかし不意に、その表情が困惑に歪む。

「……これが現地の生命体、妖精と融合してパワーアップ……一体どういう理屈なんでしょう?」

「…………どういう理屈なんでしょうねぇ」

 正人も、その問いに対する答えは持ち合わせていない。それこそ、”やってみたら意外にも出来ちゃいました”的な空気だったのである。
 天霊機兵シルフィールキャリバー。この世界に住まう妖精と正人が契約を結び、その結果もたらされることとなった、勇者機兵の新たなる姿。今現在、獣王機に対抗できる数少ない能力の一つである。
 不確定要素が多く、迂闊に使うことも出来ない能力の為、未だその能力の検証を行っていない。本来のメカニックであるレオナとの合流まで控えるべき、と言うのが正人の結論であった。

「説明しろと言われれば難しいところだが……想像が付かないという程でも無いな」

 その時、背後からの突然の言葉に驚いた正人は、即座に背後に振り返る。
 そこには剣を提げ、マントに身を包んだ魔法使い然とした男の姿があった。窮地に陥った正人を救った一人、レクス=フォンティーヌ=アルベイルだった。

「レクスさん、もう身体は大丈夫なんですか?」

 心配そうに言葉を掛ける正人だが、その態度に何とも複雑な表情を浮かべ、レクスは言い返す。

「それはこっちの台詞なんだがな。本気で死にかけていたのはお前の方だろうが」

 傷の度合いで言えば、シエルや他のメンバーによって一命を取り留めた筈の正人の方が遥かに大きかったのである。傭兵団の団長であるレオニスの、容赦ない一撃を生身に受けて、生き延びられたことは奇跡に近い。
 正人は返された言葉に含まれる確かな説得力に、苦笑を浮かべるしかない。

「…それと、俺のことはレクスでいい。そんな丁重に相手されるような立場でもないんでな」

「分かりました。では…レクス。想像の範囲でなら、あの現象はどういうものと言えますか?」

 早速の質問に、レクスは気を取り直した上で答えた。

「…そもそも妖精が行う力の行使とは、”マナ”とその”使い方”の二つからなるものだ。形や規模の違いはあれど、この原則から離れることはまず無いと思ってくれていい」

「マナ……ですか」

 治療を受けた際に、その概念については一通り説明を受けていた正人である。学者でもなければその根源まで理解することは難しいだろうが、自分なりに解釈した上で、知識として身に付けてはいた。

「で、だ。契約状態の妖精から見た場合、マナとは基本的に”契約した者が内包しているもの”を指し示すことになる。つまりは正人、お前自身の思考やイメージなんてものの影響が大きく出るわけだ」

 話を全く理解できない、という訳では無かった。正人にしてみれば、自分のイメージを投影して力に変えるシステムというものに、心当たりが無い訳では無かったからだろうか。
 いずれにせよ、今は話を聞くべき時と考えたのだろう。不用意な発言は避け、無言のまま先を促した。

「そこへ更にシエル自身の性格や、属性といったものが混在して……結果としてああなった、ということだろうな」

「……分かったような、分からないような」

 首を傾げる正人の姿に苦笑しつつも、無理もないことと割り切るしかないレクスであった。ここ最近の出来事を振り返ってみれば、魔法という概念が通じない世界もあるのだろうと信じない訳にはいかなかったのだから。

「まぁ、理屈を知っていようがいまいが、現実問題としてお前には”力”がある。この一点を正しく理解さえしていれば、まず問題は無い筈だ」

「ただ、その理屈……想像で言うと、この力を使った際に、シエルに負担を強いるなんてことは…」

 レオニスの様な強敵と対峙した時、シルフィールキャリバーの力は必要になる筈だ。しかしそれが仲間の身を危険に晒すなら、おいそれと使う訳にもいかない。
 そんな葛藤を察したレクスは、苦笑交じりに言葉を返した。

「…いや、他人の心配してる余裕は無いぞ?」

「へ?」

 今一つ状況を掴めていないらしい正人に対して、レクスはため息交じりに告げる。

「言ったろう、契約した妖精の扱うマナとは契約者が内包しているものを指し示す、と。下手をすれば干からびるのは正人、お前なんだぞ」

 流石に驚いた表情を浮かべる正人だったが、そこまで動揺している様子は見受けられない。動じていないのか、或いは単に実感が湧いていないだけか。
 いずれにせよ、このまま投げっぱなしで話を終わらせることを躊躇したレクスは、更に口を開いた。

「……まぁ、過剰に使い過ぎればどうなるか分からんのは事実だが。少なくともお前の意識が保っていられる程度なら、まず問題無いだろう」

 人間がマナを提供し、妖精が力を振るう。それが本来の契約の形というのは、実際に複数の上位妖精と契約している彼にとっては、確信の伴った意見である。
 その彼が示した答えと、示された安全基準を胸に刻んだ正人は、今は無力な自分の掌に視線を落とす。

「つまり……私次第、ということですね」

「お前と、あのシエルという妖精次第ってことだ」

 即座に否定され、正人は思わず言葉を失う。だが、その理屈は実に納得のいくものであった。お互いが同意しての行動ならば、導かれる結果の責任は双方が背負うべきだろう。
 深刻さを帯びてきた話の流れに、沈黙が場を支配する。その雰囲気を払拭するかのように、操縦席から顔を出したユマが声を掛けた。

「一通り確認しました。これで動かす分には問題ないと思います……ただ」

「ただ?」

 言いにくそうに言葉を濁らせるユマに、正人は首を傾げながら先を促す。

「…背中に納まっている剣ですけど、一本折れてますよね。これの修復だけは、ちょっと無理みたいです」

 カイザーブレード。勇者機兵専用に開発された実体剣であり、背面の大型ブースター側面に収められている武装である。
 切り札とも呼べる剣だが、この地へと訪れるほんの少し前の戦いにおいて、真っ二つにへし折られてしまっていたのだ。

「剣の素材が特殊っていうのも、もちろんあるんですけど…刀身の部分が丸々失われている以上、それこそ新しく作り直すしかないと思います」

 ユマの見立ては正しいと、正人も感じずにはいられなかった。今いるこの世界が、自分のいた世界とは文明のレベルや体系が全く異なっていることを、肌で感じているせいでもある。
「そうですか……この”世界”に飛ばされる前の破損ですし、折れた先がこちら側にあるのかすら分からない以上、しばらくは一本で何とかするしかないですね」

「折れた先?」

 観念した様子で呟く正人に、声を掛けたのは予想だにしない方向からである。
 真上へと視線を移した正人は、そこで逆さまの状態で腕組みをしつつ浮かんでいる妖精の少女、シエルを発見した。

「……神出鬼没だね、シエル」

「いやぁ、それほどでもないぜ!」

 どうやら褒められたと思い込んでいるらしいシエルは、自らへの評価に屈託のない笑顔を浮かべた。気分を損ねるのも忍びなく、正人はそのまま話を続けることにする。

「…折れた先に反応して話に加わったってことは、何か気掛かりでもあるのかい?」

 今はこの世界の情勢を含め、少しでも情報が欲しいところである。

「おぉ、それそれ。あたしマサトと会うちょっと前に、それっぽいものを見てるんだよ」

「え?」

 屈託のない表情を浮かべるシエルに、正人は驚きの表情を浮かべたのである。

「何だったら、案内してもいいぜ? あたしもアレ、結構気になってたしな!」

 善意と興味本位の入り混じった、実にシエルらしい物言いに思わず苦笑しつつも、これからの行動について思いを巡らせる正人。
 確かに、カイザーブレードが修復できればキャリバーの戦力は強化される。ただ、現状でそこまで余分な手間を掛けられる余裕があるかと問われれば、疑問符を浮かべざるを得ない。

(期せずして空賊さんたちの世話になっている手前、身勝手な行動は控えるべきだな…)

 働かざる者食うべからず、とはよく言ったもので、この場、この状況に置いては、勇者機兵隊隊長などという肩書は大して役に立たないのだ。
 それこそ、機兵を使ってひと稼ぎするくらいのことはしなければならない以上、他ごとに時間を取られる訳にもいかない。
 考えに没頭していた正人に視線が集中し、沈黙が訪れる中。

「ところで正人さん。動作試験はどうします?」

 いつの間にか操縦席から降りて来ていたユマの質問が、全員の視線を集中させた。

「え?」

「ほら、調整しただけですし。実際に動かしてみないと、ちゃんと機能するかどうか分からないじゃないですか」

 人差し指を立ててニッコリと笑いながら告げるユマ。確かに言葉通りの意味はあるだろう。
 だが言葉の裏には思惑というものが見え隠れしていた。すなわち、動作試験を”何処で”行うのか、ということである。

「…………成程、それは確かに。一通りのチェックをするなら、それなりに遠出する必要はありますね」

 その思惑を読み取った正人の表情に、笑顔が浮かぶ。レクスもまた、苦笑交じりに肩を竦めていた。
 ただ一人よく分かっていないシエルだけが、首を傾げて疑問符を浮かべていたが。

「??? どゆこと?」

「…要するに、出かける準備をしておけということだ」

 ため息交じりに答えてやるレクスの言葉に、取り残されたシエルを除いた一同の表情に笑みが浮かんだ。



「…………こりゃまた、派手にやられたね」

 レオニス傭兵団の母艦、<アナザーヘブン>。その一角に存在する格納庫にて、作業台にもたれかかるように固定された人型を前にして、少年の様な風貌の男性が呆れ返った様子で呟いた。
 まだ成長期と思われる彼は、飾りっ気のない作業服にゴーグル姿という、見た目よりも実用性を重視した身なりをしていた。当然と言うか、元々癖のある髪は手入れもされず、ものの見事に所々が跳ね上がっている有様である。
 獣王機を始めとした機体の整備を一手に引き受ける、傭兵団の専属メカニック。その名を、カーネと言った。

「悪ィな、仕事増やしちまってよ」

 そのカーネに、苦笑交じりに謝罪の言葉を口にするのは、団長であるレオニスだった。
 立場で言えば上の筈の彼だが、そもそもこの傭兵団に身分の上下は無い。レオニスを中心に集まったという経緯から、便宜上彼の名前が冠されているというだけの話である。
 実際、この両者の間には一回り年齢差があるものの、その間柄は対等と呼ぶのがしっくりくる程に、遠慮が無かったのである。
 例えば。

「全くだよ。大方、調子に乗って余裕見せてたら手痛い反撃喰らった、ってトコだろ?」

「…………そう言われると、返す言葉も無いんだがなァ」

 身も蓋も無い言い方で遠慮なく指摘したカーネに対して、レオニスは何とも複雑な表情を浮かべた。
 勇者機兵たちとの交戦により、レオニスの機体であるレオンダイトは行動不能に追い込まれていたのである。本来であればいかなる相手も圧倒して見せるだけの力を持ちながら、だ。
 その結果だけを見れば確かにカーネの指摘は的を射ており、レオニスもまた、反論することが出来なかったのである。

「とは言え…それを差し置いても、散々な結果じゃないか。そんなにヤバい相手だったの?」

 カーネの問いに、レオニスは考える様に小首を傾げた。

「ヤバい、ってか……むしろ逆だな」

「逆?」

 レオニスの結論の意味を理解しかねたカーネの問い返す声に、レオニスは頷いた上で改めて答えた。

「まとも過ぎると言うか……意表を突かれたと言うか。まるで、正義のヒーローを相手にしてるような気分だったぜ」

 レオニスの比喩に面食らった様子のカーネは言葉を失うが、ややして含みのある笑みを浮かべ、言葉を返す。

「成程ね。レオニス、どっちかって言うと悪役っぽいし」

「うっせェ」

 ぶっきらぼうに言い放つレオニスを前にしても、余裕の態度を崩すことのないカーネであった。
 とりあえず、論破は無理と判断したレオニスは話の路線を元に戻す。

「…何でも良いけどよ。修理はちゃんとやってくれよ?」

「分かってるって。コイツも動けないままじゃ、ストレス溜まるだろうからね」

 獣王機を人と接するように扱うのは、技術者としての癖のようなものである。特にレオンダイトは、彼にとっても思い入れのある機体だった。
 何しろカーネは、”獣王機”レオンダイトの誕生に貢献した一人でもあるのだから。

「……ところで。レオニスが外回り出来ないとなると、ちょっと人手不足じゃない?」

 ふと気づいたように疑問を口にするカーネに対し、レオニスは腕組みをしながら眉を寄せた。

「あぁ。留守番の誰かと交代してもらうつもりだが……どうしたもんかな」

 今現在、船に残っているメンバーの顔触れを思い浮かべつつ、思い悩むレオニス。
 現状、請け負っている仕事をこなすためには、レオンダイトを圧倒する程の力を持つ者が障害となり得る以上、これまでのように単独行動をさせるのは好ましくない。少なくとも二人一組を基本とするべきである、というのが彼の結論だ。

「今、手が空いてるのはリア……それとローゼか。この二人を組にするとして……」

 メンバーの顔と名前を思い浮かべつつ、チーム編成を考えるレオニスの姿は、確かにリーダーの風格を纏っていると言えなくも無い。
 それでもそこまで威厳を感じられないのは、そこまで肩肘を張った雰囲気を求めていない、その性格によるものが大きいのだろう。
 行動で引っ張っていくタイプ、ということだろうか。

「…カクタスは、ちょい前から例のメカと睨めっこ状態だから除外…で、良いんだよね?」

「あぁ、そうだったな。アイツ、捕獲対象を蒼海奥義でぶっ壊しやがったからなァ……」

   依頼主、オルゲイト=インヴァイダーの力によって異世界より招かれた存在を回収する。それが現状、レオニス傭兵団の受けた依頼である。
 その対象となる存在の一つ、”忍獣メルイーグレット”の捕獲の最中、カクタスは勢い余って撃墜してしまったのである。

「流石に、頃合いを見て助けるつもりだけど。良いよね?」

「あぁ。けど、手が空いた時で構わねェぞ。反省してもらう意味もあるからな」

 飄々とした雰囲気ではあるが、カクタスもレオンダイトに匹敵する獣王機、蒼海王スケイルシードの操縦者である。その戦力をいつまでも遊ばせておく訳にもいかなかった。
 自分が遅れを取った、勇者という存在を相手取る為にも。
 だが、今はその時では無い。レオニスはそう考えていた。

「…何にせよ、これからの仕事は面倒事が増えそうなんでな。気を引き締めておいてくれよ」

「はいはい。ま、ボクは滅多に外出しないからいいと思うけどさ」

 それはそれで問題だと思ったレオニスだが、指摘したところで改善される見込みは、残念ながら見受けられない。
 故に、何とも微妙な表情を浮かべて聞き流すに留めたのである。

「……そういや、外出で思い出したけどさ」

 ふと、思い出したように話題を変えるカーネに、レオニスは無言で言葉の先を促した。

「ウィード、随分長いこと出掛けてるみたいなんだけど。どうしたの?」

「あぁ、お前には言ってなかったっけか」

 もう一人、この場に居合わせない傭兵団員の名前が出たことで、レオニスは思考の外へと追いやられていた、とある状況を思い出していた。
 それは自分が請け負った、オルゲイトへの埋め合わせに関するものである。

「あいつは、むしろ単独行動向きなんでな……今頃、樹海の中を彷徨ってる頃じゃねェかな」

「……はぁ?」

 突拍子も無い話を聞かされたカーネの表情に、疑問符が浮かんだ。



「……何で、僕一人がこんな場所に駆り出さてるんでしょうねぇ」

 かくして。いつもの如く雑用を押し付けられる形で、単独行動を余儀なくされた男、ウィードはぶつぶつと文句を言いながら、鬱蒼と生い茂った森林地帯を歩いていたのである。
 それはおよそ密林を歩くには似つかわしくない、黒いロングコートに身を包んだ長身の姿。アウトドアが趣味とは到底思えない顔立ちだったが、その足取りは軽快であり、地面に張り巡らされた蔦や根を上手く交わしながら目的地へと直進していた。

(……ま、レオンダイトが行動不能に追い込まれるなんて状況では、しわ寄せが来ても無理は無いですがね)

 内心でしみじみと呟きながらも、ウィードの視線は現実から逸れることは無い。
 当然と言えば当然だ。何しろ彼には、下手をすれば獣王機を戦闘不能に追い込んだ、張本人と鉢合わせする可能性があるのだから。

(レオニス自身はピンピンしてたのは、まぁいつもの事としても……相当に注意しなければならない相手、というのはまず間違いないかな…)

 加えて、今は情報が圧倒的に足りていない。当人であるレオニスの証言以外には、その相手の情報をロクに入手できていないのである。
 これには敵対者が、”異世界から訪れた存在”であることが原因となっていた。

(本来は”そっち”の情報収集を優先したいんだけど…ま、依頼主のご機嫌取りを疎かにする訳にもいかない、とね)

 レオニスから齎された情報を元に足を進める彼の目的は、オルゲイトに献上すべき品物、妖精王を封じたという一振りの剣の確保にあった。
 その任務中に遭遇したという敵の存在に思考を巡らせながら、ウィードは歩みを止めないまま進んでいく。

(勇者機兵、ね…出来れば会いたくは無い相手ですが。自分が戦闘向きでないことくらいは、流石に自覚していますし)

 彼の足が、不意に止まる。
 周囲に気配を感じた訳では無い。体力に自信は無いものの、今はまだ余裕があることへの疑いも無かった。
 ただ、その身を震わせるのは外的要因であり、それは何処とも知れない方角から自分を突き刺すような視線、すなわち気配そのものであった。

「……まぁ、いざとなれば…」

 男は懐から、一枚の札を取り出す。
 それはレオニス傭兵団が保有するアイテムの一つ。彼らの持つ最大兵力とでも言うべき、起動兵器を持ち運ぶために使用される異世界の技術。

 漆黒の蝙蝠の紋様の描かれた”召喚符”を手に、ウィードは僅かに肩を竦めて見せたのである。
 




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