「正人たちと連絡が取れないだと?」

 唐突な報告にアークライト=ラージスは、困惑している筈の無表情という器用な芸を披露した。
 そこは勇者機兵隊本部、人工惑星エクセリオン。アークライトはその一角にある格納庫で、新型機兵の設計を行っていた。
 報告をもたらしたのは、彼の目前に立つ漆黒の機兵だ。小型に属しているが、人間からすれば見上げるほどの漆黒の巨体。頭部のカラスの顔と、背面の翼が特徴だ。
 忍者機兵・翼心丸(よくしんまる)。偵察や情報収集を専門に行う、忍者部隊の統括者である。

『定時連絡が途切れた為に、拙者が様子を見に行ったのだが…残されていたのはアレだけだ』

 親指で背後を示す仕草に、アークライトは視線を向けた。
 格納庫の床に無造作に転がされたのは、見覚えのある建造物の一部分だった。
「あれは…ウィングアークか…!?」

 アークライトの顔色が変わる。残骸となった母艦には、彼の妹であるレオナ=ラージスも同乗していた筈だからである。
 対する翼心丸は、努めて冷静に報告を続けた。

『天心丸と法崎つかさも同行していたようだ。つかさ用にロールアウトした新型機兵と、例の外付けGシステムの調整を行う予定でな』

 アークライトは自らを落ち着けるように大きく息を吐くと、再び無表情に戻って問い返す。

「救命機兵と、インフィニティソードか…撃墜されたのか?」

『いや、残骸は見つかっていない。但し、交戦した形跡がある…状況から察して、相手に鹵獲された可能性が大きいな』

「正人がいたなら、勇者機兵で応戦した筈…敵はそれ以上の能力を保有しているということか」

 既に動揺は無い。その思考は現状把握と、これからの行動指針の為に費やされている。
(ストライクキャリバーは機能特化させた試作機とはいえ、かつての勇者機兵を上回る性能を保持している。それを凌駕する相手となると、こちらも相応の戦力が必要だな…)

 アークライトは手元の端末を操作して、一つのプロテクトを解除した。

『…出るのか?』

「出し惜しみしていられる状況ではないからな」

 翼心丸の言葉に、アークライトは視線をすぐ隣の固定台へと向けた。今まさに解除されたシャッターが、縦にゆっくりと開いていく。
 その先に直立するのは、翼心丸をも上回る超巨大な威容。
 両肩に戦闘機の主翼を、両足に大型スラスター備え、その胸部には翼を広げた蝙蝠の紋章が刻まれていた。
 超重機兵ゼノンゲイザー。”神如き者”の異名を持つ、勇者機兵を除けば隊最強の性能を誇る機体である。

『大丈夫なのか? この機体は確か…』

 重力波を操る弊害。強過ぎる力の反動が、操縦者に直接襲い掛かってくるという欠陥。
 同じく技術者である妹に、”人が乗るように設計されていない”とまで言わしめた機兵なのである。

「反動の中和システムを一新した。完全とはいかんが、反動を最小限に抑えることが出来る…問題は無い」

 翼心丸の疑問に答えるアークライト。その表情はやはり表情を映さないものの、確たる自信を感じ取ることができる。
 だからこそ、それ以上の追求は無かった。

『ならば、拙者も同行しよう。天心丸までむざむざ捕まっているとも思えん、空心丸と共に向かえば、戦力にもなれる筈だ』

 翼心丸、天心丸、空心丸。彼ら三体の機兵は、元々同一の機兵を元に生み出された存在である。故に合体機構を有しており、機動性に特化した大型形態へと変形する能力を持っているのである。

「助かる。しかし出来ればもう一人、誰かを連れていきたいところだな…」

 特に規定があるわけではないが、隊としての任務に当たる際は、戦力バランスや役割分担によって変化するものの、基本的に3機兵で1チームを作ることが多い。
 しかし元々アークライトは、その性格と戦闘能力により、単独行動を行うことが殆どである。実は統括者としての立場を与えられたのも、なるべく本部もしくは支部に顔を出させるように仕向けた、苦肉の策であったのである。

『珍しいですね、貴方が仲間の同行を望む、というのも』

 声は格納庫の入り口付近から響く。二人が視線をそちらに向けると、今まさに声の主が扉を潜り抜けてくるところであった。
 翼心丸とゼノンゲイザーの中間程度の体格で、赤と白を基本としたボディ。そのデザインは星間連合の片隅に位置する星、地球上において消防車・救急車と呼ばれる意匠を取り入れており、左腕のラダーと頭頂部のパトライトが際立っている。
 胸部に赤十字の紋章を抱く救急機兵。その名は、セイブガードナーと言った。

「セイブガードナー。地球に転属になったお前が何故ここに?」

 アークライトの疑問に、セイブガードナーは肩を竦めて答える。

『呼び戻されたんですよ。何でも、救命機兵の合体機構確認の為に、ガードナーシリーズの誰かが必要だそうで』

 その言葉に頷いた翼心丸が、納得したような口調で言葉を返す。

『なるほど、それで一番戦力不足なお前が選ばれた訳か』

『そうそ…違うッ!? いや確かに私が一番戦力不足なのは認めますがッ!』

 追い縋るようにまくし立てるセイブガードナーを手で制しながら、翼心丸は苦笑した。

『冗談だ、そう真に受けるな。今の地球に必要なのは防衛力というよりは、人命救助能力だろうからな』

 地球には、外宇宙からわざわざ侵略を行わなければならないほどの絶対的な価値は無い。ただ、連合に加盟するきっかけとなった”カオスガーデン事件”の傷跡や、その遺産によって乱れた事案維持の為に、現地で設立された組織に協力するという形で救護部隊が派遣された、という経緯があるのだ。

『…パワーガードナーに加えて、アリスとアクサスも向こうに合流したので、シフト的にも余裕が出来たんですよ』

 やや憮然とした表情のまま告げるセイブガードナーに、アークライトも納得した様子だった。
 ちなみに、アリスとアクサスは”カオスガーデン事件”で敵対した双子だが、勇者機兵隊が身元引受人になった影響で、現在は隊員として活動するようになっていた。

「そういうことならセイブガードナー、帰還直後で悪いが付き合ってくれ。その救命機兵を含めたチーム全員が行方不明でな」

『聞こえていましたよ……わかりました、人命救助は私の優先事項ですからね』

 快諾したセイブガードナーに頷くと、アークライトはゼノンゲイザーへと駆け寄った。足元のリフトまで到達したところで、備え付けられた通信機が突如開かれる。

『アーク、そこに居るな?』

 映し出されたのは一人の女性。騎士部隊統括者にしてアークライトの妻、そして今や一児の母である、ティアラ=ウィリアム=ラージスだった。
 現在、子守の為に出撃できない彼女は、主に司令室からの総括指示などを担当しているのである。

「ティアラか。どうした?」

『正人たちの消息が途切れたことは聞いているな? 現地調査に派遣した空心丸からの報告なんだが』

「…手回しがいいな」

 苦笑しつつ、紡がれる次の言葉に意識を向けるアークライト。

『現在所属不明の大型機兵と交戦中、応援をよこせと言ってきている。出てくれるか?』

「……敵の詳細なデータは?」

 リフトを操作して、胸部の操縦席に向かいながら聞き返すアークライトに、ティアラは若干眉を寄せて答えた。

『全長20メートルを超え、カラーリングは黒。胸部に獅子の意匠を備えた白兵戦用機で、武装は刀の一本のみ。それと、放電能力を有しているそうだ』

 耳に入った情報を、そのまま脳内で検索する。これまで接触した機兵のすべてを記憶していると自負するアークライトの頭脳だが、該当するデータは存在しない。

「…記憶に無い機体だ。とすると新型か…厄介だな、このタイミングで」

『それと追加情報だ。その獅子の機兵が現れた直前に、その周囲に奇妙な空間湾曲現象が確認されてるんだが…』

 一旦言葉を区切るティアラ。その間にアークライトは、操縦席に到達した。

『それと全く同じ現象が、正人たちが消息を立った時間帯にも引き起こされていた可能性が高いそうだ』

「何…? するとその新型は、今回の件に関わっている可能性が高いということか」

 操縦席に飛び込むと、既に待機状態であった機体はすぐに起動を開始する。

(機体フレーム、MBH(マイクロブラックホール)リアクター、制御装置、各種異常なし…)

 自らが調整した機体に、不備など無い。それは確信であり、そして結果でもあった。
 回線を操縦席に繋げ直したティアラは、やや気落ちした様子で言葉を続ける。

『…すまんな、本来なら私も出たいところなんだが…』

「出稼ぎは父親に任せておけ」

 端的に告げられた言葉に、ティアラは僅かに微笑んだ。

『わかった。頼む』

 それだけを告げ、通信回線は閉ざされた。

「……話は聞いていたな?」

 起動を終え、周囲に視線を巡らせる。セイブガードナー、翼心丸ともに、無言で首肯した。

『急ごう。今や、空心丸のことも気掛かりだ』

 冷静ながら、やはり逸る気持ちの見え隠れする翼心丸。忍者部隊に所属する仲間の危機ともなれば、仕方の無いことだ。

『ええ。それに放っておけば、無関係な人に余計な被害が飛び火する可能性もあります』

 セイブガードナーもまた、己の行動理念に従った決断を下した。

「ああ、その通りだ……出撃する!」

『『了解ッ!!』』

 アークの呼びかけに、力強い返事が返された。


 漆黒の宇宙空間。そこでは縦横無尽に飛び回る光と、それを追いかけるように纏わりつく光が、付かず離れずの様相を呈していた。

『逃げ足だけは一流のようですね…』

 予備動作無く一瞬で距離を詰め、無駄の無い動きで振り下ろされる刃。

『それはどうもッ…と!』

 空心丸はステルス戦闘機をモチーフにした、その小柄なボディと持ち前の瞬発力を最大限に生かし、攻撃の尽くを紙一重で回避していく。
 漆黒の巨大機兵。胸に獅子の顔を持つ、剣士を思わせるその姿。空心丸は突如遭遇した敵を前に、防戦どころか逃げの一手に専念せざるを得ない状況に陥っていた。

(空間湾曲現象と一緒に突然出てきたと思ったら、問答無用の攻撃…! コイツ、一体何なんだ!?)

 相手の目的も分からないままに、突然戦闘状態に突入してしまったのである。ここまで露骨な敵意を見せている以上、反撃して機体を破壊してしまっても正当防衛なのだろうが、単純に戦闘能力の差が大きすぎるということを、これまでの攻防で悟ってしまった空心丸なのである。

(下手したら、隊長クラスに強いな…それに気になるのは向こうのアイツ…!)

 その黒獅子から目を逸らすことなく、その気になっている相手を視界に納める。
 そこには、宇宙空間でありながら生身のままで平然と立ち尽くす、ローブ姿の奇妙な男の存在があった。
 その視線に気付いたのだろう。男はにやりと笑ったかと思うと、どういう理屈かは不明だが、確かに空心丸に聞こえるように告げた。

「ああ、私のことは気にしないで構わないぞ。ただ”機兵”とやらに少し興味が沸いたのでね。いくつかコレクションしておこうと思っただけなのだ」

 楽しそうに笑うその男の真意を、空心丸は見透かすことが出来ない。底の知れない様子には恐怖すら覚えるが、だからと言って立ち竦んでは、黒獅子に一刀両断されるのがオチである。

『そんな、昆虫採集の標本みたいなこと言われても……ッ!?』

『おや、余所見とは余裕ですね』

 こちらの思いなどお構いなしに、必殺の太刀を次々と繰り出してくる黒獅子に、空心丸は慌てて回避行動に移りつつ、腕に仕込まれた獲物を引き抜いた。

『そんなものは無いってぇ、のッ!!』

 炸裂手裏剣。接触と同時に爆発する投擲武器で、主に牽制に用いられる隠し武器である。
 用途が用途故に、その破壊力は決して大きくない。敵の撃破など望めるものではないが、それでも相手を怯ませることは出来ると期待した。
 投擲。ばら撒くように拡散するが、その全てが黒獅子のボディに直撃するコースを描く。

『所詮は小細工ですよ、それでは』

 だがその尽くは、軽く振るわれた剣によって容易く切り払われてしまう。小型の携帯用であるだけに、直接ボディに命中でもしない限りは、牽制としての役割も果たせないのである。

『うわぁ駄目だ…ボク一人じゃ勝てないね、これは』

 あっさりと認め、完全に逃げに徹するために急速後退する空心丸。
 随分と気楽に考えているように見えるが、これも忍者機兵であるが故であった。元々は情報収集を目的とした機兵である、どんな理由があっても撃墜されるわけには行かないのだ。
 ましてや鹵獲されたとあっては、それこそ忍者の名が泣くというものである。

(飛燕の二の舞だけは、絶対に駄目だ…ボクらは彼の分まで頑張らないといけない身だからね…!)

 自らのボディの元となった先輩とでも言うべき、隠密機兵の為にも。この場を何とか切り抜ける必要があった。

(…ま、もうボクの役目は、半分は終わったようなもんだけど、さ)

 内心で会心の笑みを浮かべながら、その表情は目前を飛び交う死線の多さにうんざりするという離れ業を繰り出しながら、空心丸はただ、時を待つ。
 そしてその”時”は唐突に、そして呆気なく訪れた。

『さぁ、これで終わりです…………ッ!?』

 止めとばかりに大きく刃を振り上げた姿勢のまま、黒獅子は自らに向けられた殺気に反応した。
 咄嗟に身を引いた機体のもとあった空間を、直線状に歪んだ重力波の波が薙ぎ払った。

『…誰です?』

 黒獅子の声には、明らかに不快な感情が含まれていた。

『それを聞きたいのはこちらの方だがな。何しろ、仲間を追い掛け回されているのだ』

 しかし長大なライフルを構えて立つ銀色の巨人の声色は、それに輪を掛けて不機嫌なものであった。

『ゼノンゲイザー…アークッ!』

 空心丸の顔に安堵の色が浮かぶ。そんな彼を黒獅子から庇うように、二つの機影が立ち塞がった。
 夢幻の太刀を構えた翼心丸と、ラダートンファーを構えたセイブガードナーである。

『無事のようだな、空心丸』

『どうにか間に合ったな』

 二人からの気遣いの言葉に、その表情が自然と笑顔になる空心丸。
 数の上では四対一となった状況で、それでも黒獅子から余裕が損なわれることは無かった。

『なるほど、お仲間の方々でしたか』

『勇者機兵隊所属、アークライト=ラージスだ。武器を捨てて投降するか、どてっ腹をぶち抜かれるか、好きな方を選べ』

 説得を超えた脅迫で相手を威嚇するアークライトに、むしろ他の仲間たちの方が困惑した。

『ええとアーク。それだと私たちの方が悪役…』

『気を抜くなセイブガードナー。コイツは、そうせざるを得ない相手だ』

 一切の油断なく告げるアークライトの様子に、一同は気を引き締めなおす。
 現時点での最強戦力は間違いなくゼノンゲイザーであり、その能力を熟知するアークライトが言うのだ。目前の敵は彼と互角か、最悪それ以上の能力を有していると考えるべきである。

『…ほう。貴方はどうやら、他のメンバーとは違うようだ』

『そうでもないがな。ほんの少し愛想が悪いだけだ』

(((ほんの少し…?)))

 むしろ仲間のほうから疑われているアークライトだったが、口にしない言葉を察することは出来なかった。

『ふむ…名乗られたなら、名乗りを返すのが礼儀というものでしょうね』

 アークライトたちの奇妙な空気を完全に無視して、黒獅子は構えを解いた上で言葉を続けた。

『私の名はカイン。そして私の操る、”勇者の鎧”ヴォルガイアーです』

『勇者の鎧…だと? それがその機兵のコードネームだと言うのか』

 アークライトの疑問は、カインと名乗った男には完全に想定外であったようだ。僅かに虚を突かれた様子となり、やがて得心がいったように頷く。

『…そうか、”この世界”ではヴォルガイアーのような存在を”機兵”と呼ぶのですね』

 カインの言い回しに、アークライトは眉を寄せる。

『この世界…? 別の世界からやってきた、とでも言うつもりか』

『ええ、そうですよ。そちらの召喚士、オルゲイト=インヴァイダー氏に呼び出される形で、ね』

 宇宙空間に生身で浮かぶ、シュールな光景をさらす黒ローブ男を指し示しながら、カインは悠然と答えた。
 ちなみに名指しされたオルゲイトは、暢気に手を振って自己アピールをして、その場の全員に黙殺されていた。

『…ふむ。話の真偽の程は分からんが、現状でお前たちが”奇妙な空間湾曲現象”に関わっている疑いが強い、ということは理解できた。その上で尋ねよう』

 手にしたグラヴィトンライフルの照準をヴォルガイアーに合わせた上で、アークライトは問い掛けた。

『正人たち…我々の仲間を何処へやった?』

『それは私に聞くより、オルゲイト氏を問い詰めたほうが良いでしょう。私はただ求められ、力を振るうだけの存在ですから』

 カインはそう答えると、再び剣を構え直した。その答えから察するに、この男との戦いを避けることは出来ないのだと確信するアークライト。

『翼心丸、空心丸、セイブガードナー。オルゲイトを確保しろ』

『えッ…! 生身の人間を、ですか!?』

 真っ先に聞き返したのはセイブガードナーだ。命を救うことを目的として生み出された手前、生身の人間に対処することに抵抗があるのだろう。

『心配するな。宇宙空間に直立できる人間がまともな人間の訳が無いだろう』

『いやそれはそうですが…………そう言えばあの人、どうして生身で宇宙空間に立っていられるんでしょうか』

 今更ながらの疑問だったが、アークライトの意識は既にオルゲイトから離れている。

『理屈は何も分からん。だから、結果だけ示してくれ。少なくともあの男を締め上げない限り、正人たちの行方が分からないことは確実だからな』

 その言葉の正論には、疑問を挟む余地は無かった。
 だからこそ、既に剣を抜いていた翼心丸が真っ先に同意する。

『承知した。代わりと言っては何だが、その黒獅子を何としても抑え込んでもらいたい…この場で奴の相手を出来るのは、お前だけのようだからな』

『うん。正直、束になって勝てるような相手じゃないと思う』

 交戦した経験から、空心丸はその意見に真っ先に同意した。こうなっては、セイブガードナー一人が反対する訳にもいかない。

『…仕方ありませんね。分かりました…………気をつけて』

 その言葉を最後に。
 翼心丸、空心丸、セイブガードナーの三人が同時に散開。ヴォルガイアーの間合いの外側を意識しつつ、オルゲイトへの距離を詰めた。
 対するカインは、そちらへ全く意識を向けることなくゼノンゲイザーを見据えている。この場における脅威がその一体であると公言しているようなその反応は、ある意味でアークライトの予想通りであった。

『…こちらに集中してくれるというなら、ありがたい話だな』

『どうやらこの場で真っ先に沈めた方が良いのは、貴方のようですからね』

 アークライトの軽口に、余裕を崩さないままに答えるカイン。挑発が通じるような相手ではないと腹を括り、構えたままのライフルの引き金に意識を集中した。

『……当てることが、出来ますかね?』

 今度は相手からの挑発だ。アークライトはどこまでも不敵な笑みを浮かべ、笑い飛ばすかのように言葉を返した。

『俺は、狙いを外さない』

『…! これは…懐かしい台詞を聞きました』

 僅かに驚いたと思ったのも束の間。

 カインの、ヴォルガイアーの身体から放たれる不可視の気迫。すなわち殺気が極限にまで高まるのを感じたのである。

(…初撃を外せば、一気に間合いまで踏み込まれるな)

 アークライトはそう分析する。半分は直感だったが、何故か間違いはないという核心を抱く。
 両者は共に構えたまま身じろぎせずに、その場を一瞬とも永遠ともつかない沈黙が支配した。
 そしてそれは唐突に。

『…参ります』

『…来い』

 破れた。
 今まさに踏み込もうとしたヴォルガイアーに、寸分と違わない軌道で打ち込まれたグラヴィトンライフルの弾が直進する。
 アークライトの勝利。そう確信するだけの材料が揃っていながら。
 当の本人が舌打ちする。

(踏み込まれるッ…!)

 ライフルを手放してまで後退するアークライト。
 その動きが正しいことを証明するかのように。重力の弾丸を剣で弾きつつ距離を詰めたヴォルガイアーの一撃が、手放されたライフルの銃身を切り裂いていたのである。

『銃を手放したのはいい判断です。しかし獲物を失った貴方に、もはや勝利する術はない…!』

 カインは勝利を確信し、返す刃でゼノンゲイザーの胴を薙ぎ払おうと、更なる一歩を踏み出した。
 しかし、アークライトの表情に浮かぶのは、笑み。

『フォーム・アウトッ!!』

 その叫び声に応えるかのように。ゼノンゲイザーは突如、三つのパーツへと分解して離散した。
 とどめの一撃が空を切る。

『何ッ!?』

『生憎とゼノンゲイザーは、元々三機で構成された機兵だ。そして…』

 コアとなるゼノンフライヤー。主翼を備えたゼノンアタッカー。ブースターユニットを備えたゼノンストライカー。
 離散した三機は距離を置いて、再び一つに結合する。ようやく振り返れたカインに、これに対処する術はない。


「ボクサーシフト…ゼノンゲイザー、スタンバイ!」

 アークライトの宣言に応えるように、三機は一瞬でフォーメーションを形成する。
 ガードフライヤーはその胴体を中心で折り畳むように変形し、コアブロック・フォームへと変形する。その胸部に当たる部分には、翼を開いた蝙蝠のような紋章が描かれていた。
 そのコアブロックに覆い被さるように、二基のブースターユニットを左右に大きく広げた状態でドッキングするゼノンストライカー。
 ゼノンアタッカーは機首部分を収納し、推進部分が後方へとスライドして両脚となり、羽は可動を遮らないように折り畳まれた。
 コアブロックへと、アタッカーは真下から連結する、左右に大きく広げられた状態の、ストライカー推進部分に折り畳まれていた腕部が展開すると、その先端から掌が現れた。
 コアブロック上部より、内部に収納されていた頭部が現れる。その顔立ちは威圧感さえ感じさせる程に鋭い。

『バイザー・オンッ!!』

 アークライトに、頭部と目元を覆うヘッドギアが装備される。機体の制御システムと搭乗者はリンクされ、自らの身体を駆使するような感覚で機体を操れるようになる。
 両の瞳に光が宿り、その意志を伝えるが如く、両の拳もまた、力強く握り締められた。

「アクティブ・アップッ! ゼノンッ、ゲイザァァァァァッ!!」

 神位の断罪者、ゼノンゲイザー・ボクサー。その拳はあらゆる敵を粉砕する。


 その様子に、カインの表情が険しいものになる。

『腕と足のパーツが入れ替わった、だと…!?』

『このゼノンゲイザーは、射撃戦と白兵戦に対応できる、二通りの形態を持つ。先ほどまでは銃火器の使用を前提にしていたが…』

 ゼノンゲイザーの握り拳を見せ付けるようにして、アークライトは続けた。

『これより先、俺の拳は凶器となる。白兵戦特化型同士、果たしてどちらが勝利するかな』

 その言葉に沈黙を保っていたカインだが、ややしてこみ上げてくる歓喜の念に身を委ねていく。

『…ククク、なるほど。ならば、これでお互いに遠慮は無用ッ…!』

 再び剣を構えるヴォルガイアー。その全身から放たれる気迫は、先ほどとは比べ物にならないほどに強く、大きいものとなっていた。
 それに対して、アークライトもまた、その心の内側から同質の感情が湧き上がってくることを自覚する。
 雷の剣と、重力の拳。共にその一撃に、必滅の威力を抱える者同士。

『『勝負だッ!!』』

 どちらともなく、弾かれたように飛び出した両者は、正面から激突した。



(ふむ。あちらは完全に足止めされてしまったな)

 ゼノンゲイザーとヴォルガイアーは正面から激突し、両者一歩も引かない戦いぶりを披露している。視線の端でその光景を見たオルゲイトは、さてどうしたものかと首を傾げた。

『大人しくして貰いましょうか。生身の人間相手に喧嘩するような真似は、正直避けたいのでね』

 赤と白のボディと右腕に構えた大型のトンファーが特徴的な巨大ロボット。セイブガードナーは威嚇するような素振りを見せつつも、どこか躊躇した様子でそう告げた。
 彼に続いて、無言のまま身を屈め、腰の後ろに備えられた柄に手を掛けた二体もじりじりと距離を詰めていく。翼心丸と空心丸だ。
 圧倒的質量差を持つ相手を目の当たりにしたオルゲイトは、殊更表情を変えないままに小首を傾げた。

「ふむ。これは困ったなぁ…私はただ、コレクションを増やしに来ただけなんだがなぁ」

 その台詞に、翼心丸の放つ雰囲気が険しいものになる。

『コレクションだと? なるほど……隊長たちが失踪したのは、それが原因という訳か』

 その一言で傍らに立つ空心丸、そしてセイブガードナーも事態を把握する。
 それに対して、オルゲイトは何ともバツの悪そうな表情を浮かべながら視線を逸らした。

「……いやまぁ、そのつもりだったんだけどねぇ。”内包世界”へ取り込んだは良いが、そこで見失ってしまったのさ」

『内包世界…?』

 聞き慣れない言葉に首を傾げるセイブガードナー。宇宙空間に生身で存在していることも含め、得体の知れない存在であることは間違いないオルゲイトに対峙した彼は、次の一手を決め兼ねていた。

(この体格差では、ただ捕まえるにも制約があり過ぎますね…なんともやりにくい相手だ)

 下手に握りつぶしてしまっては、行方不明の仲間たちを見つける手掛かりは失われてしまう。この場で見逃すという選択肢も同様の理由で論外だ。
 だがそれに対して、翼心丸は既に心を定めている様子である。

『宇宙空間に生身でいられるのだ。多少斬られても大丈夫だろう』

『ちょ』

 何やら物騒なことを言い出して飛び掛かろうとする彼を諌めようと、口を挟みかけるセイブガードナー。
 だがそれを遮ったのは、話題の中心となっているオルゲイト本人だった。

「まぁ確かに、その程度で死ねるとも、死のうとも思わないけどねぇ。でも痛いのはなるべく避けたいところだね。そこで…」

 虚空へと手をかざすその仕草に、一同は思わず身構えた。その様子を一瞥し、満面の笑みを浮かべた上で彼は続ける。

「こうさせてもらおうかな…!」

 かざされた指先が、空に紋様を描いていく。それは輝く魔方陣となって構築され、次元を歪めて繋げる一種の”扉”となって顕現された。
 召喚術。この世界とは違う異世界より蒐集した力を呼び出し、行使する能力。ヴォルガイア―もまた、そうしてこの世界へと招かれたものである。
 そして今まさに、その力によって呼び出される存在があった。

「……とは言え、こいつらはこの前歯が立たなかったんだがねぇ…ま、”デカいの”を召喚している手前、仕方ないか」

 視線だけを、激闘を繰り広げているヴォルガイア―に向けるオルゲイト。しかしそれも一瞬のことだ。
 目前の扉を越えて流入したのは、彼の持つコレクションの姿。機兵に似たシルエットを持つ異世界の起動兵器が数十体が、隊列を組んでその場に漂っている。
 イレイザー。しかしその場で呼び名を知るのは、”異界”を理解するオルゲイトと、同じ世界より招かれたカインのみ。

『機兵…!? でも、見たことが無いな…』

 何もない空間から突如現れた敵影に、空心丸は大層驚いた様子で呟いた。
 それは他の二人も同様だったが、それでも移り変わっていく事態を、正面から受け止めようとする心構えに揺らぎは無い。
 すなわち、戦いに挑む意志は。

『……それで、我々を止めるつもりか?』

 翼心丸の鋭い指摘に対して、オルゲイトはあっさりした口調で、まるで他人事のようにそれを否定した。

「さぁて? とりあえずあちらの大将格二人の決着が付くまでは、私も身動きが取れないのでね…まぁ、時間稼ぎさ」

『そうですか…ならば、貴方に一つだけ言っておきましょうか』

 セイブガードの改まった物言いに、オルゲイトは無言で先を促した。
 右腕の長大なトンファーを振り回して威嚇した上で、彼は続ける。

『勇者機兵隊を、甘く見ない方が良いですよ?』

 その自身に満ち溢れた、重圧的な一言をきっかけに。
 戦闘が、開始されたのである。



 アークライトとカイン。両者お互いに譲ることなく、戦いは激しさを増していた。
 ゼノンゲイザー、ヴォルガイアー共に致命打こそ受けていないものの、所々外装が剥がれ落ち、満身創痍の有様であった。
 しかしそれとは裏腹に、その動きはむしろ激しさを増している。

『オォォォォォォォッ!!』

 裂帛の気合いとともに振り下ろされた雷の刃を、ゼノンゲイザーは右掌で受け流しながら左拳を握る。
 カウンターの要領で打ち出された拳は、しかし容易くその間合いを見切られて空を切った。

『チッ…!』

『その程度の攻撃ではッ…!』

 舌打ちするアークライトに対して、カインは容赦なく追撃を加えようと剣を振り被った。

『私を捉えることは出来ませんよッ!!』

 容赦なく振り下ろされた剣を脇へと跳んで回避するアークライトだが、その瞬間自らの過ちに気付いた。
 カインの剣が軌道を変えて、横薙ぎの刃が無防備のゼノンゲイザーに襲い掛かったのである。

『取ったッ……!!』

 勝利を確信するカイン。
 しかしアークライトの表情に浮かぶのは、会心の笑みだ。

『フォーム・アウトッ!!』

 ゼノンゲイザーは再び三機の戦闘機へと分離し、離脱。一閃は空を切り、カインは舌打ちしつつ飛び退りながら剣を構え直した。
 アークライトは距離を置いて再びボクサーへと合体し、ヴォルガイアーを見据えながら身構えた。
 その表情に焦りの様子は見受けられない。が、軽口を叩けるような状況でないのを、全身が放つ緊迫した気配が証明していた。

『ちっ……仕留めそこないましたか』

『…認めるのは口惜しい限りだが。白兵戦の技量はそちらが一枚上手のようだ』

 その言葉に、感情の色は見受けられない。淡々と事実のみを語るアークライトに、カインは苦笑を浮かべながら言葉を返した。

『紙一重と言ったところですがね。一撃の重さで劣っている手前、気を抜けないところはお互い様ですよ』

 お互いの機体性能は、それぞれ異なった部分が特化した形になっている。そしてその長所同士をぶつけ合った結果、総合的な能力に殆どの差異がないことが判明した。
 それは、お互いに決め手を欠いたままでは勝敗が決しないことを意味している。

『…一筋縄ではいかない相手か。やはり渾身の一撃によって、雌雄を決するしか無いだろうな』

 右の拳を見せつけるように、力強く握りしめるゼノンゲイザー。

『奇遇ですね。私もそれしかないと踏んでいたところですよ』

 半身を引いて剣を構えるヴォルガイアー。
 一足飛びの間合いを置いて対峙する両者から、必滅の気迫が放たれ始める。それはこの永遠にも続きそうな互角の戦いに、決着がもたらされることを意味していた。

『スパイクドライブ、フルチャージッ…!!』

 片や、手の甲に埋め込まれたエネルギー循環用のタービンが回転を始め、全身を循環していた重力波が拳へと収束する。

『では、こちらも』

 片や、次元の彼方より召喚された天雷が、轟音を伴いながら刀身へと宿る。
 その様はまさに、秘”拳”と秘”剣”の正面激突そのものだった。互いに仕掛けるべき機を伺いながら、沈黙を保つ。

『……これほどの手合いと戦うのは、久しぶりだ』

『私もですよ。これで終幕というのが、何とも惜しい限りですがね…』

 既に両者の間に、敵対者という意識は無い。ただ純粋に己を高めることにのみ、その意識は裂かれていた。
 戦いに殉ずる者特有の感覚、とでも言うべきか。アークライトとカインは怒りも、憎しみも抱くこと無く相手を見据えるのみ。
 そして。

『『…………ッ!!!』』

 合図すら必要とせずに。両者は真っ向から、ほぼ同時に突撃した。

『ゼノン…ッ!!』

 繰り出すは、拳に収束させた呪力葉を叩き付け、対象を消滅させる必滅奥義。

『キング…レオッ…!!』

 繰り出すは、雷を宿らせた刃をかざし、全推力と遠心力を込めて叩き付ける必殺奥義。

『インパクトォォォォォォォォォォッ!!!』


『ブレイクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!』


 拳と剣は一切逸れることなく、正面から激突する。火花と衝撃波を撒き散らしながら、互いに一歩も譲ることは無い。
 相対する巨人。鋼の面のその奥の表情は、等しく笑みを浮かべているに違いなかった。
 拮抗した力の衝突は飽和状態を生み、周囲全てを呑み込むほどの強烈なエネルギーは、もはや余波と呼ぶのもおこがましい程の存在感と破壊力を伴っている。
 周囲に存在するあらゆるものを巻き込んで、全てを薙ぎ払う衝動の中心にあるものは理屈では無い。
 敗北を受け入れ難いという感情。すなわち、意地の張り合いであった。

『『オオォォォォォォォォォォォォッ!!!』』


 裂帛の気合いとともにもう一段踏み込んだ両者の力は弾け、やがて全てを包み込んでいった。
 対峙する両者さえも巻き込んだ上で…



『『必殺剣、連携の型ッ……!!』』

 翼心丸、空心丸の両者は左右へ、正反対から左右対称の構えとなり、その不可視の刃を振り抜いた。

『『<双破・一閃>ッ!!!』』

 瞬動で距離を詰めた忍者機兵のの繰り出した一刃は交わり、その交点となった機体を中心にして大爆発を起こす。
 太刀の軌跡や爆発の余波に巻き込まれたイレイザーたちもまた、その黒変に同化し、消滅していったのである。
 また、セイブガードナーもまた、トンファーを自在に振り回して群がる敵機を薙ぎ払っていた。

『せいやぁぁぁぁぁぁぁッ!!!』

 人命救助のために必要と組み込まれたパワーと、それに耐えうるだけの強度。それらを駆使した白兵戦において、引けを取る理由は何一つ無い。
 力任せに胴体を薙ぎ払われた、或いは撃ち貫かれたイレイザーたちは見る見るうちにスクラップとなり、やがて使命を終えたかのように無に返っていく。

『…ふぅ。これで全部か』

 一息ついたセイブガードナーの視線は、即座に事態の根源へと向けられる。すなわち、傍観者としてその場に居座りつつけたオルゲイトに対して。

『さぁ、これで手駒は全て潰しましたよ。大人しく降伏することです』

「……………………………………………………やはり、欲しい」

 呟いたその言葉を、上手く聞き取ることは出来なかった。故に聞き貸そうと再び口を開こうとした、まさにその時。
 背後の、少し離れた場所で巻き起こった強大な衝撃に、セイブガードナーは思わず振り返った。

『あれは……アーク・・!?』

「…ククク、今だッ…!」

 僅かに目を逸らした、その隙を狙い。オルゲイトは再び、虚空へと手を伸ばした。

『くっ、貴様ッ!!』

 慌てて飛び出す翼心丸だったが、既に手遅れである。

「そう慌てるな……仲間の下へ案内してやろうと言うのだからね…!」

『何だって…!?』

 同じく剣を構え直していた空心丸は、その言葉に硬直してしまう。
 その隙に、オルゲイトの描く魔方陣は扉となり、再び異なる次元が直結した。但し今度は、先ほどの逆である。
 オルゲイトの目前にぽっかりと空いた穴。先ほどと同じ現象のようにも見えるが、根本的なところが異なっていた。
 最初にそれに気付いたのは、セイブガードナーである。

『何だッ…? 身体が、吸い込まれる!?』

 内側からイレイザーを放出したものとは真逆。すなわち目前に存在する機兵であるところのセイブガードナーたちを、コレクションとして回収する腹積もりであることは明白だった。

『貴様ッ…!』

『なにこれ、動けないッ…!?』

 翼心丸、空心丸も、その吸引力に捉われてしまっている。まるでブラックホールと対峙したかのような感覚に、一同はオルゲイトの底知れない闇を垣間見ていた。
 当のオルゲイトはその様子に満足そうに頷きながら、その視線を一点へと向け直し、告げる。

「素晴らしいな…心あるロボットなど大層珍しいものでは無いと思っていたが…気が変わったよ。セイブガードナーと言ったか?」

『それは…どういう意味です…!?』

 脱出を試みながらも意識を向け続けた男からの問いに、セイブガードナーは戦慄しつつも怯んだ様子を見せないまま、問い返した。

「勇者機兵隊を甘く見るな、とはよく言ったものだ……成程、お前たちは紛れもなく、勇者に名を連ねる因子であるということだ。戦闘力はもとより、その一歩も引かない気概も含めて、な」

 おそらく当人は絶賛しているつもりなのだろう。だがその発言は控えめに言ったところで、上から目線であることに変わりなかった。

『ふざけるなッ…!』

 翼心丸は会話割り込む形で、オルゲイトに向けて炸裂手裏剣を解き放つ。機兵にとって小型とは言え、人間の体格からすれば全身を真っ二つにすることなど容易い程に巨大である。
 気を散らそうと、威嚇目的で放ったであろうその一撃。しかしオルゲイトは敢えて、その射線軸上にその身を躍らせた。

『な…!?』

「返礼として、面白いものを見せてやろう」

 その言葉が、翼心丸たちに届くか否かの刹那。
 手裏剣の刃が通過し、オルゲイトの胴体は呆気ない程に容易く、肩口から脇に掛けてを切り落とされた。
 だが。

「………くくく、死んだと思ったかな? 思っただろうなぁ…」

 切断されて宙を舞っている筈の上半身から、先ほどまでと寸分変わらない調子で紡がれた言葉があった。

『貴方は……一体…!?』

 動揺を隠せないままに問い掛けるセイブガードナーに対して、上半身だけになりながらも余裕の表情を崩さずに、オルゲイトは答えを返した。

「私は”オルゲイト”さ…それ以上でも、以下でもない存在…」

 その一言が全てと言わんばかりに、血糊の拭えないその顔で笑みを形作りながらも。その力が途切れることはない。
 扉の吸引力は納まるどころか更に強まっていく。

『くッ…! これまでなのか…!?』

 無念の一言を残して、セイブガードナーの身体は扉の奥、虚無の穴へと吸い込まれていく。

『セイブガードナーッ!! く、オォォォォォッ!!?』

『翼心丸ッ……ウアァァァァァァッ!!』

 手を差し伸べようとした翼心丸も。そして空心丸もまた、圧倒的すぎる暴風に晒されるような形で抗いようも無く呑み込まれていってしまった。

「我が、内包世界へようこそ……勇者機兵隊の、諸君…!」

 身体の破損が大きいためか、途切れ途切れに呟くことしか出来ないオルゲイトは、宙に浮いた姿勢のまま顔をしかめていた。

「…………出来れば、もう一体も加えて、おきたかったなぁ……」

 虚ろな視線を、先ほどの”異変”の咆哮へと向けたその先にあるのは、何かが爆発したらしき痕跡のみ。
 自分が召喚したヴォルガイアーの方はともかく、この世界の存在であるもう一方、ゼノンゲイザーの姿が見えないと言うのが、心のどこかで引っかかっていた。

「跡形もなく、吹き飛んだのか…? それは、勿体ない事をしたな……」

 心底残念そうに呟くオルゲイト。
 その彼の身体に、異変が起きた。

「……おっと。そろそろ限界、のようだな…」

 誰にともなく告げられた言葉に呼応するかのように。彼の肉体はその端から徐々に、まるで石化するかのように侵食され始めたのである。
 それはまるで、役目を終えた人形が土に還るような光景だった。

「…ふむ、この身体もお気に入りだったのだが、ね…まぁ、新しいコレクションを加えられた、ということで納得するか、な」

 その表情はあくまでも満足げである。自身の消滅にすら、恐怖を抱く様子を見せない。
 何故ならこの状態は、オルゲイトの消滅を意味したもの”ではない”からである。

「…………さて……次は誰で…………遊んでみるか……………………」

 言葉が途切れたのは、単に口元にまで浸食が及んだからに過ぎない。現にその表情には、未だ笑顔が張り付いたままだ。
 だがそれもまた硬質化し、呑み込まれていく。残されたのは千切れ跳び、役目を終えた一体の人形のみ。
 しかし芯まで変質した器はその結合すら解きほぐされ、漆黒の宇宙に散り逝く。
 後にはほんの少しの余韻と、静寂のみが残されていたのである。




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