他に形容のしようがない、見渡す限りの漆黒の闇。
 その中心に一人取り残されたような状況で、神条正人(しんじょう まさと)は”それ”と対峙した。
 光差さない場所だから、というだけの理由ではないだろう。目前の存在を視認出来ないのは、単に視界に映らないというだけではないと思えた。言うなれば、知識として理解できないものを見ることを、感覚が拒絶しているような有様だ。
 故に正人が認識出来たのは、闇そのものが渦を巻いて停滞している存在という、実にあやふやなものだった。
(今まで出会ってきた、どの存在ともかけ離れている……これは本当に”生命”なのか?)
 目前から感じ取れるのは、”こちらを見ている”という意思のみだ。しかし意思があるということは、目前の存在は命ある存在と考えて間違いない、筈である。
 目に見えないという事実がここまで不安を掻きたてるのだという事を、正人は改めて実感した。
 とはいえ、不安に駆られて行動を躊躇っていては、次に進むことが出来ない。状況が掴めない今、この場で停滞し続ける道を選ぶことは、正人には出来なかった。
(この場がどういう空間なのか、皆目見当が付かないが……さて、どうするべきか?)
 しなければならないことは山積みだった。が、その全てを遮っている現実こそが、眼前に広がる漆黒の空間だ。静寂と沈黙は、正人に次の行動の足掛かり一つ、与えてはくれない。  次の行動を決めかねる正人に、声が掛けられたのはその時だ。
<フン。この状態で正気を保ったまま、次の一歩を踏み出すか。なかなか良い根性しているじゃないか、お前>
 気怠さを含んだ声色から、男性であるということだけは推測できた。
 しかし、それがどこからもたらされたかと問われれば、首を傾げる以外に無い。それは肉声と言うよりは、脳裏に直接響くように内側へと入り込んでくるようだ。
 しかし声と同時、正人の感覚は目前に何かを捉えていた。広がっているのは相も変わらず闇一色だったが、五感を超えた彼の直感が、その奥に蠢く胎動のようなものを、確かに感じ取ったのである。
 それは命の躍動。言葉を紡ぐその存在が、命あるものであることは間違いないようだった。
「…貴方が、私をこの場に招いたのですか?」
 正人は思わず問い掛ける。現状を打破できるきっかけを掴んだのだ、これを逃す訳にはいかなかったのである。
 が、返る言葉は無い。
(これは…私を見定めている…?)
 一度気配を察知してしまえば、それを捉え続けることは以外にも難しいものでは無かった。それは正人の感覚が優れているというよりは、目前の相手がそもそも身を隠す気など毛頭なかったという事なのだろう。
 そうして、自分に無遠慮な視線を向けている相手ならば、わざわざ気を遣う必要も無い。そう判断した正人は、重ねて言葉を発した。
「重ねて質問しますが。ここがどこで、そして貴方が何者であるのか。それを教えて頂けませんか?」
<……質問の数が増えてんじゃねぇか>
 正人の問いかけに返されたのは、先ほどの声と同質のものだ。その口調に呆れたような色を感じるのは、その声の主が確かな感情を持った存在である証明だろう。
 ひとまず、返事が返ってきたという事実に胸を撫で下ろした正人は、苦笑交じりに口を開く。
「ああ、良かった。これで会話をしてもらえますね」
<おまけに恐怖も感じていないか。なるほど、あの“騒がしい連中”が連れ帰るだけはある>
 感心したのか、或いは呆れたのか。そのいずれであるかを判断する材料を、正人は持ち合わせていなかった。
 いずれにせよ正人は、その”騒がしい連中”が誰を指す言葉なのかの見当が付かなかった。ただ、何の脈絡も無く思いついたのは命の恩人たち、ローブ姿と、忍者装束と、冒険者姿の奇妙な三人組の男の顔だった。
(そうだ、彼らにも改めてお礼を言わないとな…そのためにも、この場から抜け出す必要はあるが)
 状況を打破しなければいけない理由が一つ増え、正人は改めて気を引き締め直す。
 とはいえ、目前の存在はどうやら自分に害を成す存在ではないと、彼は思い始めていた。手放しで警戒を解くような真似は出来ないが、僅かな言葉の応酬から一つだけ、確信に近いものを得ることが出来たのである。
 すなわち。目前の存在は孤高、孤独な存在ではない、ということである。
(騒がしい連中という言葉を、肩肘を張らずに言えるのなら…そこまで恐ろしい相手とは思えないからな)
 少なくとも、会話による意思疎通は可能であると判断するには充分な材料だった。
「では、その評価に免じて、私の質問に答えてもらえませんか?」
<良い性格してやがるな、オイ。まあ、渋るほどの内容でもないが>
 ため息交じりに、実に面倒臭そうな様子を隠そうともせずに、声の主は語り始めた。
<ここは何処か、だったな。結論から言うと“どこでもない”が正解だ。ここは現実じゃないからな>
「現実では、ない? まさかこれが、夢の中とでも?」
 首を傾げて問い返す正人に、気配は僅かに言い淀んだのち、再び口を開く。
<まあ、そんなところだ>
 いちいち考えるのが面倒になった様子である。
 とは言え、ただでさえ現実味のない話を理屈で説明されたところで、その本質を理解できるとは思えなかった。故に正人はそれ以上深く追求するのを諦め、先を促す。
「夢の中、とすると…貴方が何者なのか、という疑問が消えませんね。私の夢の中で明確な意識を持って存在している、貴方が」
<俺は少しばかり特別でね。説明したって理解できんだろうさ…………理解してほしいとも思わないが>
 やはり要領を得ない話だ。もっとも、正人としては既に、自分の理解の範囲を逸脱した現状に直面している為に、さほど驚くことは無かった。
 異世界へ飛ばされた、という事実だ。
(世界が違うなら、人間以上の存在が居てもおかしくないんだろうなぁ)
 大変にアバウトな結論だったが、どうにもそれが現実のようなので受け入れるしかないだろう。とりあえず受け入れた上で考えるというのは、普段から心がけているものだ。
「で、その凄い方…………えぇと。私は神条正人と言うんですが、貴方のお名前は何と?」
 呼び方が分からないことに気付いた正人は、先に自分の名前を晒しつつ相手にも尋ねた。その生真面目すぎる応対に面食らったのか、声からの返事は一拍の間を置いて返された。
<んぁ? ああ、ジャンクだ。そう呼ばせている>
「……では、ジャンクさん。貴方の目的は、一体なんですか?」
 質問は直球である。その思い切りの良さはいっそ清々しい程で、声の主、ジャンクは毒気を抜かれたといった様子で答えを返した。
<放っておくのはヤバそうだったんでな、気まぐれを起こしただけだ>
 人間であれば、肩を竦めながら告げられたであろう言葉。お節介、という単語に僅かな違和感を覚える正人だったが、考え方を一つ変えるだけでその疑問は解消される。
「……その”ヤバい”というのは貴方か、貴方の身近な人にとって厄介、という意味ですよね?」
 殊更警戒する人物でないとは言え、初対面の相手からそこまで気遣われるような必要性を感じるには無理がある。ましてや、正体の掴めない存在ともなればなおさらだ。
 正人の指摘に、ジャンクは呆れた様子で答える。
<勘が良すぎるのも考えものだな。まあ、説明する手間が省けるのは大助かりだが>
 そんなため息交じりの言葉を聞いては、正人としても苦笑を浮かべるしかない。
 恐らくは大きなため息を吐いたのだろう。一拍の間を置いて、気を取り直したかのようにジャンクは言葉を続けた。
<細かいことはおいといて、単刀直入に言う。お前、ずいぶんと厄介な奴に目を付けられてるぞ>
 ジャンクの言葉は断定的であり、そこに疑問を挟む余地は無いとばかりにきっぱりと告げられた。
 それに対して、正人は心当たりを己の内に問い掛ける。目前の存在が厄介とまで言う、力ある存在との因縁を思い返し、真っ先に思いついたのは獅子の顔だ。
 獣王機レオンダイトと、その操者レオニス。そして彼が率いているという組織の名は。
「…レオニス傭兵団のことですか?」
 こちらは確証なく紡がれた言葉だ。とは言え、正人の操縦する機兵、勇者機兵ストライクキャリバーをも凌駕する能力を持つ機体を保持している以上、脅威には違いなかった。
 その存在を、或いは”騒がしい連中”から聞き及んでいたのか、ジャンクは暗闇の奥で、おそらくは腕組みをして首を捻っているであろう様子が脳裏に浮かんだ。
<……ああ、そういや、そんな奴らもいたか…………まあ、俺が言ってるのはそっちじゃない>
 その問いが予想外だったのか、ジャンクはどこか苛立ちすら含めた声で否定した。
 単身では全くと言って良い程太刀打ちできなかった歴戦の傭兵。対峙する敵として、これ以上に恐ろしい存在は無いと思っていた正人だが、声の様子から察するにジャンクの言う厄介な奴というのは、それだけの恐ろしい存在という事なのか。
 勇者機兵の新たな力を獲得したからと言って、どうやら状況が好転したわけではないという事を思い知らされた形である。
<俺がそいつに気づいたのは、お前がその傭兵とやり合っている前後あたりだ>
 その言葉に、正人の表情が険しくなる。
 レオニス傭兵団との交戦、その前後において”正人が関わったイレギュラーな出来事”の数は限られるからだ。
 そして続くジャンクの言葉が、正人の嫌な予感が的中したことを示す。
<だから、俺はそれが、お前が掴んだっていう“新しい力”に関係してると踏んでる訳だ>
「まさか……シエルが…!?」
 妖精シエル。異世界に来て初めてだった存在であり、勇者機兵との融合によって新たな力、シルフィールキャリバーを授けてくれた少女の名である。
 与えられた力は、確かに凄まじかった。完全に使いこなせた訳では無かったが、それでもレオニスを、レオンダイトを相手に出来るほどの力を発揮して見せたのだ。
 とは言え。その力がジャンクの言う”ヤバい事態”というものに結びつくかと問われれば、思わず首を傾げてしまう。それは契約を交わした当人であるシエルの、その性格を知るからこそ抱いた感覚でもあった。
「けれど、あの力はそこまで危険なものでしょうか…?」
 本心からの問い掛け。しかし答えは、すぐには返らなかった。
 正人は不意に、場の空気が変わったことを察知する。それが何なのかを理解できたわけでは無かったが、戦いによって備わった本能が、現在を”危険な状況”と判断したのだ。
「ジャンクさん…?」
<……その答えを知りたきゃ、後ろを向いてみな>
 背後から何かを感じた訳では無い。しかしジャンクの言葉を疑う理由も無く、正人は肩越しに振り返った。

 ドクンッ!

 脈打つ鼓動と感じたのは、叩き付けられるような気配に確かな意思を感じたためか。
「……ッ!?」
 全身を突き抜ける圧倒的なまでの殺気に、正人は思わずたじろいでいた。危うく手放しかけた意識を繋ぎ留め、渾身の力で踏み留まれたのは奇跡に近い。
 だが、それは一瞬のことである。
「……え?」
 正人の視線の先には、漆黒の闇が無限に広がるばかりだ。
 何もない、ということである。
「……今のは一体ッ…!?」
 全身を冷や汗が濡らしていることが、痛い程に分かる。まるで白昼夢でも見たのかと思えるような心境の正人に、ジャンクは舌打ち交じりに声を掛けた
<あれがお前を見ているんだ。俺が言うのも何だが、あれも立派な“化け物”だ。あれが何者で、どういう目的があってお前に目を付けたのか、それも見当がつかん>
 だが確かに存在する、と付け加えるジャンク。正人は呆然とした様子のまま、思わず問い掛けていた。
「……あれが、シエルと何か関係があるとでも…? 私が得た力とは、これほどまでに恐ろしいものだと言うのですか?」
 今自分が感じた強烈な気迫と、自分に力を貸してくれたシエルが、どうしても結びつかないのである。
 そんな正人の質問に対する答えは、実に頼り甲斐の無いものであった。
<俺が知るか>
「…………………………………………」
 無言で非難の視線を虚空に向ける正人だが、ジャンクは全く動じた様子が無いという事が、視界に映らないまでも察することが出来た。
 そんな無言の非難を黙殺した上で、ジャンクは仕切り直すように言葉を続けた。
<まあ、とにかくだ。お前のその力、好きに使えばいいさ。そいつは何の問題もない>
 実に歯に衣を着せない話である。引っ張り上げるという単語の意味は、おそらくこの空間から自分を助け出すという意味なのだろうが、その言い方では素直に喜ぶなど無理である。
 そんな正人の心境など知る由も無く、また知ったところで己の行動を改めるようなことはしないだろうと、何故か確信めいたものを抱いていたりするのだが、ジャンクは気にした様子も無く言葉を続ける。
<但し──だ>
 そこで言葉を区切る。
 それだけで、正人は空気が冷たく変質することを察した。目前にたたずむ気配が、初めて彼に対する”敵意”を向けた事を知覚したのだろう。
 そのことに関しては敢えて口を挟まず、無言のままその先を促した。
<その力が、俺の身内に害を成すようなら、話は別だ。お前もろとも喰うぞ>
 端的に呟かれたその言葉は、単純であるが故に深々と、正人の心に突き刺さった。心の弱い者であれば、それだけで心臓が止まりそうな衝撃をその身に受けた正人は、その身を強張らせつつも毅然とした態度を崩さない。
「それは、穏やかではないですね」
 それを受けてジャンクは押し黙った。意図が掴めないまま訪れた沈黙は、しかし彼の言葉によってあっさりと砕けた。
<つまらん。少しは怖がって、可愛げってモンをみたらどうだ。“取り繕っていない生真面目な人間”なんて人種には、初めてお目に掛かったぜ>
 呆れ返ったような口調で告げられたその言葉に、正人は僅かに肩を竦めて苦笑を浮かべた。
「褒め言葉と取るには、何とも複雑な気分ですね」
<ハ! そんなつもりじゃないのはハナから分かってんだろうが。まあ、いい。そろそろ、起きるとしようか。長居し過ぎるのも“後”に差し支える>
「ふむ…? そう言えば聞きそびれていましたけど」
 口を挟まれたことで、明らかに苛立ちを覚えたことが空気で分かる。しかし正人としても、どうしても確認しなければならない点が存在したのである。
「私を助けてくれる、その理由は何ですが?」
 ジャンクはその言葉に考える間もなく、さも当然のように言い放つ。
<お前には利用価値があり、その生真面目さは御しやすいと判断した。近くに置いておけば、監視も楽だしな>
 と、そこで言葉を濁らせた。正人は思わず眉を寄せるが、無言のまま先を促す。
<後は、そういう役どころにあるから仕方なく、だ。理由を説明したところで、お前さんには分からんだろうが>
 その言葉の意味を、正人は理解できなかった。しかし問い質すこともしない。
 彼の行動理由に納得する為には、前者の理由一つで十分だったからというのも理由の一つだ。
(下手に口出しして、機嫌を損ねるわけにもいかなそうだしね…)
 内心で付け加えつつも、正人はジャンクの言葉を疑わなかった。
 そんな彼に、ジャンクが再び釘をさす。
<最後に念を押しておく。喰われたくなければ、忘れるなよ>
「…肝に銘じておきますよ」
 正人の返事に満足したという訳では無いだろうが。
 その言葉を最後に彼の意識は遠のき、そして途切れたのである。



 目を開けた瞬間、視界いっぱいに飛び込んでくるものがあった。最初は焦点の合わなかったそれは、時間を置いて改めて見れば、なんであるかを判別するのは容易かった。
 それは心配に表情を歪めた、少女の顔である。
「うわぁッ!?」
 流石に驚いて飛び退こうとして、正人はようやくそこで、全身が動かないことに気付いた。痛みと言うよりは虚脱感が大きく、力が入らないのである。
 そんな彼の内情など知る由も無く、少女は彼が目覚めたという事実に安堵の表情を浮かべていた。
「マサト、目が覚めたんだな…! 心配させ……あ、いや、別に心配なんかしてないけどさ!」
 相当慌てているのか、自分でも何を口走っているのかよくわからない様子の少女は、人間よりはるかに小さい体格の妖精、シエルだ。
 彼女に心配をかけたことを申し訳なく思った正人は、まず謝罪の言葉を口にする。
「すまない、心配をかけたね、シエル」
「だから心配なんて……まぁ、少しは」
 嘘が吐けない性格が災いして、その言葉も尻すぼみになってしまう。正人はそんな様子に微笑むと、改めて周囲を見渡した。
 すると、自分が寝かされていた簡易ベッドの隣に、奇妙なものが備えられているのに気付いた。
「…………シエル、流石にこれは用意が良すぎないか?」
「へ?」
 正人が指し示すものへと視線を移したシエルが目の当たりしたもの。
 それは棺桶であった。それこそ、正人がすっぽりと入りそうなほどの。
「……あ、あぁ!? いやいやいや、違う違うッ!? それは別にマサトに用意したものじゃないって!!」
 慌てて否定するシエル。その様子に嘘はないと感じた正人は、ひとまず胸を撫で下ろした。
「確かに、死んでもおかしくない怪我ではあったけ……ど?」
 気を落ち着けたところで、正人はふと、”異変”に気付いた。
 自らに視線を落とす。今まで来ていた制服では無く、ある程度の清潔性を保たれたシャツ姿になっているのは、手当てを受けたからなのだろう。問題はそこではない。
 シャツの隙間から覗いている自らの身体に、傷らしい傷が見受けられなかったのである。
(これは一体…? 治りが早いとか、そういう問題じゃない…!)
 正人が驚いている間にも、シエルは取り乱した様子のまま棺桶へと詰め寄っていた。
「そもそも何だ! 何でこんなところに棺桶なんて置いてあるんだよッ!」
 どうやら、八つ当たりの矛先を棺桶に向けたようだ。その周囲を飛び回りながら、感情を隠そうともせずに叫び声を上げている。
 その時。
『うるせえ。喰うぞ』
「うっわぁッ!!?」
 地の底から響き渡るような重厚な声音が響き渡り、驚いたシエルは慌てて正人の背中に隠れた。
(…? 今の声は……)
 聞き覚えのある声だと判断した正人は、若干驚いた表情を浮かべたまま棺桶を凝視する。
 するとその視線に気付いたのか、再び言葉が紡がれた。
『……忘れるなよ』
 その一言で理解した。何故棺桶なのかは今一つ分からないのだが、どうやら先ほどまで見ていた夢に登場した男がその中に横たわっているのだ、と。
 そして自分の、おそらくは死に誘われかけていた命を掬い上げてくれたのは、間違いなくその人物である、と。
「ま、ま、マサトッ。か、棺桶が喋ったぞ!?」
 背中にしがみ付いたまま怯えきったシエルの様子に苦笑しつつ、少しでもその気分を和らげようとその頭を撫でた。
「大丈夫。どうやらこの人も、私の命の恩人らしいからね」
「え、で、でも、棺桶だぞ…?」
 半信半疑と言った様子で聞き返してくるシエルに苦笑しながらも、正人は当の棺桶に視線を戻しながら言う。
「きっと、私の代わりに棺桶に入ってくれたんだよ」
 詳しい経緯を知らない正人は、もっともらしい口調で話をでっち上げた。

 かくして正人とシエルは成り行き上、空賊団と行動を共にする勇者たちの元へ送り届けられたのである。




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