無限に広がる宇宙。その大きさや形を知る者は、この世に存在しないだろう。
 あらゆるものに平等で無慈悲な漆黒の空間には、惑星と呼ばれる生命の土台が数多く存在する。その惑星に根付く生命は進化の果てに、知的生命体と分類される存在を生み出すこととなった。すなわち、ヒトである。
 ヒトは土台となる母星という枠を越えて、遠き隣人とでも言うべき異星のヒトへと干渉を始めた。これは協調以上に対立を深める結果となり、後に宇宙戦争という悲劇を引き起こすきっかけともなった。
 この悲劇を回避するために、ヒトは最低限のルールを定めた枠組みを作り、遵守することを心掛けた。これが”星間連合”と呼ばれる仕組みである。
 この連合を維持するためには、ルール違反を取り締まる組織が必要であると考えるのは自然な行為であるが、それはどの惑星にも属さない、中立な存在であることが必要不可欠である。故に、その組織はヒトの手によって生み出された、人工惑星にその拠点を置くことになる。
 国という概念を持たず、ただ一つの目的を果たす為にのみ築き上げられた組織。人工惑星”エクセリオン”を拠点とする、全宇宙の生命を守護する存在。
その名を、”勇者機兵隊”と呼んだ。



序章 「インフィニティソード」




「正人、つかさ、準備はいい?」
 通信機越しに問う女性の声に、二つの肯定の返事が返る。
 そこは圧倒的な闇と星明りに満ちる、漆黒の宇宙空間であった。無数の光源に照らされた漆黒の虚無は距離感を感じさせず、意識を飲み込まれそうなほどに圧巻である。
 その一点に浮かぶのは、輸送艦の機能を有する戦艦、ウィングアークである。戦艦という力強い響きの肩書きを持つものの、たたずむ風景が宇宙空間とあっては、その広大さに圧倒されても仕方ないというものである。
 だが、その内に詰め込まれた志は並大抵のものではない。
 勇者機兵隊。知的生命体の住まう数多くの惑星の境界に立ち、理不尽な命の略奪や日常への侵略を防ぐために戦いつづける組織の名称である。
 先端に射出用カタパルトを備えた縦長の船体と、巨鳥を思わせる推進器を兼ねた翼が特徴の船、その中央に位置するブリッジに陣取って、レオナ=ラージスは期待に満ちた眼差しで目前に設置されたモニターを凝視していた。
 かつて腰まで伸びていた赤い髪は、肩の辺りで揃えられている。癖の目立つ髪は一応手入れされているものの、彼女と親しいものならそれが自分自身によるものではなく、世話好きな仲間の善意によって行われたものであることを理解している。その身を包むのは使い古された作業着であり、贔屓目に見ても外観にこだわりを持つ様子は見受けられなかった。
 勇者機兵隊開発部・主任技術者の肩書きを持つ彼女は、作業に集中して若干ずれた丸眼鏡を調整しつつ、映し出されている格納庫内の映像を眺めていた。
 そこに映るのは、待機状態にある二機の大型戦闘機である。
 一つはストライクフライヤー。両脇に大型ブースターを備えたシルエットで、カラーリングは青。 もう一つはセイバージャンボ。地球で使用される航空旅客機をモチーフにしており、カラーリングは白。
 外観こそ異なるものの、共にレオナが開発した機体である。現在は全ての調整を済ませてあり、操縦者も既に乗り込んでいる。その搭乗者たちから繋げられた通信が、先程の呼びかけに対する返事を返した。
『こちらは問題ないわ。発進後、早速トランスフォームのシーケンスの確認を行うわよ』
 セイバージャンボに乗り込んだ法崎つかさ(ほうさき つかさ)の言葉に、レオナは肯定の意を示す。
『こちらもだ。”剣”の調整が終わっているようなら、すぐにでもテストに入れるぞ』
 ストライクフライヤーに乗り込んだ神条正人(しんじょう まさと)の言葉には、苦笑いを浮かべるしかない。話題に上った”剣”の最終調整に難航していることが原因であった。
「…痛いトコ突かないで」
「痛いところを突いたのか…」
 レオナの呻くような言葉に、呆れた口調で呟く正人。その言葉にプライドを刺激されたのか、レオナは手元の端末を操作してモニターの隅に、一つの設計図を表示させた。
 インフィニティソードと言う名称で記されているその形は、大振りの両手剣である。但し、そのサイズは人の身に合ったものではない。
 勇者機兵隊が保有する、戦闘用人型ロボット、”機兵”。その中にあって、隊長である正人の専用機、”勇者機兵”の追加オプションとして開発されたものなのである。
「システムの内蔵の方は上手くいったんだけどね…機体とリンクする回路を暫定的に組んだもんだから……ぶっちゃけ、やってみないとどうなるか分からないのよ」
『…実に心強くない発言だな、それは』
 正人の声に、若干の諦めが混じっているように思えるのは、気のせいではないだろう。ちなみに、レオナはその事実に気づきながらも、敢えてスルーした。
「まぁ、その辺りを把握することも目的の一つな訳だし、問題ないでしょ」
 あっけらかんと言い放つレオナに、正人は不満そうな視線を向ける。その様子を察して、つかさがあくまでも自然体のまま、二人の間に割って入った。
『ほら、二人ともそのくらいにして。もう準備も出来ている事だし、始めましょう?』
 つかさに促されて、反論の言葉も思い付かず。二人は視線を合わせると、苦笑を浮かべるしかない。
「…そうね。じゃあ正人、つかさ、早速始めましょう。機体そのものは、ばっちりなんだからね!」
『『了解!』』
 レオナの言葉に、二人の力強い返事が返された。


 宇宙空間を、白と青の戦闘機が突き抜けていく。
「つかさ、こちらが先に行く!」
『了解、どうぞ!』
 正人はその言葉を受けて、機体を更に加速させた。
「トランスフォーム!」
 正人の掛け声とともに、ストライクフライヤーは戦闘形態への変形を開始する。
 先端の機首にある操縦席が、内部へとスライドしていく。移動先は本体の中心部であり、停止した後、下向きに90度回転する。
 両脇のブースターが機体上部に立ち上がると同時、に底部に収納されていた両腕のパーツが本体左右のコネクターに接続され、両手首がスライドした。
 本体後半部が、中央部辺りから上下を反転するように横回転すると、その先端が伸びて左右に分かれて開かれると、両足となった。
 機首先端が下方へと折れると、その内側に格納されていた頭部が現れる。
「バイザー・オン!」
 正人の頭部に、頭部と目元を覆うヘッドギアが装備される。機体の制御システムと搭乗者をリンクすることで、自らの身体を駆使するような感覚で機体を操れるようになる、バイザーシステムが起動した。
 両の瞳に光が宿り、額のアンテナが大きく広げられた鳳凰の翼のように展開する。更にマスクが左右から閉じられ、口元を覆う。
 機首の先端がそのまま胸部となり、意匠を持たないボディ。両腕と両膝には接近戦用のブレードが取り付けられており、背面の大型ブースターと合わせて、接近戦でその真価を発揮する勇者機兵の姿。
『勇者覚醒! ストライクキャリバァァァッ!』
 ストライクキャリバー。幾度となく宇宙を救ってきた正人に与えられた、新たなる力の象徴がここに顕現した。


 つかさはその変形を見届けると、自らもその後に続くように機体を操作し、変形を開始する。
「トランス…フォーム!」
 掛け声と共に、セイバージャンボはその形状を大きく変えることになる。
 機首が中心から左右に分かれて、その内側に格納されていた腕部を伸ばす。手首が出現し、付け根から回転することでその先端を後方へ向ける。
 主翼と連結した胴体中央部を残して、後半部が更に後ろへと伸びると、やはり中心から左右に分離し、尾翼部分を折り返して両脚になった。
 更には、主翼が僅かに立ち上がると、表裏が反転してエンジン部分が後方へと回される。
 胸部にはストライクキャリバーと同じく、意匠というものがない。頭部が出現し、耳に当たる部分に、左右対称となる羽飾りが展開した。
「バイザー・オン!」
 つかさの頭部を覆うヘッドギアが装備され、搭乗者と機体の制御システムがリンクされる。バイザーシステムは正常に起動し、両の瞳に光が宿った。
『救命機兵! スカイガードナーッ!!』
 かつて救われた自らの命を使い、より多くの命を守るために。一人の女性の決意の果てに、救命機兵スカイガードナーはここに誕生した。


 目前に立ち並ぶ二体の機兵を前に、レオナは満足そうに頷いた。
「よし、とりあえずどっちの機体も、問題らしい問題はないみたいね」
 自らが開発・調整した機兵とはいえ、実際に動かして見なければ分からない点も少なくない。可変機構に異常がなかったことを確認して、レオナはこっそりと安堵の息を漏らすのだった。
 ストライクキャリバーの全長は約18メートル。スカイガードナーは約10メートル。その大きさの違いは、それぞれに与えられた役割から来る必然であった。
 ストライクキャリバーは、正人が前回の任務、”カオスガーデン事件”と呼ばれる事件の際に失われた、勇者機兵キャリバーに代わる機体で、白兵戦に特化した調整を施された試作型である。以前は強化ユニットの換装によって得ていた飛行・高機動能力を、単体で再現するというコンセプトの下に開発された経緯を持つ。
 一方。スカイガードナーは、単機では拠点防衛を目的とした機体であるが、同系統のガードナーシリーズと呼ばれる機体へ装備される、飛行ユニットへの変形機能を持ち合わせている。そのため小型であり、戦闘能力も取り立てて高いわけではない。他機のサポートを行うことが前提の機体であると言えた。
 つかさの身体能力や戦闘技術は、決して低いものではない。しかし勇者機兵隊入隊前の生活や、参加した目的などを照らし合わせれば、彼女が戦闘に向いた人物で無い事は明白である。だからこそ戦闘能力よりも、多くの人を救う機会があるであろう、防御・補助を重視する結論に至ったのであった。
 そんな内情を知ってか知らずか。つかさは自らに与えられることとなった機兵に拒否反応を示すこともなく、むしろ自ら率先して機体に慣れるべく、宇宙空間を飛び回ってその感覚を掴もうとしていた。
 その光景を眺めていたレオナは満足げに頷くと、意を決して口を開いた。
「それじゃ正人、早速……」
 そう、言いかけたところで。

 唐突に、非常事態を表す艦の警報が鳴り響いた。
 それは機兵に搭乗した二人も動揺で、即座に思考を切り替えて周囲に視線を巡らせる。
 最初に異常に気づいたのはレオナだ。目前で睨みつけていたディスプレイに、自然現象ではありえない状況が映し出されていたからだ。
 ウィングアークの真上、すなわちブリッジの垂直線上を映し出した映像に、漆黒の宇宙空間の中心部に現れた、渦のような歪みが映し出されていたのである。
 さほど大きさがある訳ではない。拡大表示されているため分かりにくいが、実測値で言えばせいぜいが、人間一人が通り抜けられるようなものであった。
 その中心に、宇宙空間であるという現実を無視して歩み寄ってくる人影を捕らえた時、レオナが最初に抱いた感情は、間違いなく困惑であった。
「…………はぁ?」
 突然の異常事態に飛び込んできた光景が、よもや生身の人間が宇宙空間を歩いているものだとは、そうそう信じられるものではない。  とりあえず、眼鏡にゴミでも付いていたかと思い至り、眼鏡をはずして拭いてみたりするわけだが、改めて掛け直した上でモニターを見直しても、やはり光景に代わりはなかった。
 男性だろうか。その身を闇色のローブに包んでいる為、その表情はよく見えない。宇宙に溶け込むように存在する様は、さながら死神か、或いは陰気な魔導師を思わせた。
 存在そのものの不気味さ、というべきか。これ、と断言できるような凄みはないものの、そこにいるだけで周囲に多大な影響を及ぼし得る、得体の知れない存在であることは疑いようがない。
 最もレオナにしてみれば、宇宙空間に生身で浮いている人間がまともな人間なはずはない、と断じているわけだが。
 その不気味な人影は、真っ直ぐにウィングアークを見つめているようであった。全てを見透かしたような強い眼差しから目を離せないでいたレオナは、その口元が笑顔に歪む瞬間を目撃する。
 背筋に悪寒が走った。
(……ッ!? こいつ…一体!?)  本能的な部分が理解している。目前に存在するヒトのような存在は、次元の違う何かであると。そしてそれが、自分たちにとって有益なものでは決して無い、と。
 行動に移さなければならない。レオナはそんな脅迫概念にも似た思いを抱く。
 しかしその行動は、僅かに及ばない。

「面白いものを持っているな。興味深い、その”剣”…頂いていこう」

 その言葉を捕らえたのは、聴覚だけではなかった。言葉として受け入れるより先に、その意味を理解させられた感覚、という表現が適当だろう。もはや、聞く聞かないの問題ではない。
 男は、目当てのものを差し出すことを促すように、その手を差し出す。
 次の瞬間、ウィングアークは何の脈絡も無く、激しい衝撃に揺さぶられることになった。


 正人は目前の光景に、二度驚かされることとなった。
 一度目は、漆黒の宇宙空間に生身の人間が突然現れたこと。
 そして二度目は、何もないはずの空間から、何の脈絡もなく現れた巨大な機影が、ウィングアークを攻撃したことである。
 宇宙の闇に溶け込むような漆黒のボディ。ヒトの姿を模しているが、その背丈は機兵であるストライクキャリバーをも上回っている。機械的な骨格に生物的なフォルムを併せ持つ外観は、まるで伝説や御伽噺に登場する、竜を思わせた。
 一振りの刀を手にした竜人の一撃が、ウィングアークの格納庫付近のスペースを斬り落とした。その出現を予測できなかった正人は、現実に起きた光景を見送ることしか出来ない。
『……れ、レオナッ!?』
 一拍の間を置いて、弾かれたように飛び出す正人。しかしその時、黒い機体は切り離された格納庫から、一振りの剣を引き抜いていた。  その剣が何であるかを理解した正人は、顔色を変えざるを得なかった。
『い、インフィニティソード…! それをどうするつもりだ!?』
 取り返すべく飛び掛ろうとする勇者機兵に、振り向き様に放たれた刀の一閃が掠める。距離を取った正人に質問の答えを返したのは、傍らに浮かんだままの人間の方であった。
「先ほど言った通りだ。頂いていくのさ…」
 その声は、愉悦を隠し切れないことが手に取るように分かるほど、不気味に響き渡る。得体の知れない声に、思わず警戒して視線を向けようとするが、目前に立つ黒い機体から目を逸らすことはできない。
(この機体、一体何者だ…? 出現方法はともかく、機兵と呼ぶには、あまりにも機械離れしているというか…)
 長年、勇者機兵隊として活動してきた正人だからこそ感じられる違和感。それは目前の敵から叩きつけられる重圧の、質の違いだった。  目前の機体は、生物的な印象を強く受けるのである。生物のシルエットをベースに開発された機兵も皆無ではないが、それはあくまで、獣の姿を模した機械に過ぎない。息遣いさえ感じられそうな雰囲気に、未知なる物への恐怖を隠し切れなかった。
 その緊張を察したのか、宇宙に浮かんだままの男は、特に気負った様子もなく告げた。
「デスペリオン、という。異世界に住まう”幻獣”と呼ばれる存在らしいぞ」
 これほど、現実味を感じさせない説明もないだろう。しかし目前の敵の気配は、決して夢や幻の類ではない。
(異世界…? 一体何を言っているんだ…しかし目前に立つ存在は、明らかに機兵とは違う…!)
 信じる信じないを抜きにしても、目前の敵を過小評価するわけにはいかない。正人はとりあえず攻撃の姿勢に転じる様子のない男からは意識を逸らして、目前の黒い機体に視線を戻した。
『つかさ、レオナを頼めるか』
 すぐ傍に、同じように身動きの取れないでいたスカイガードナーに開かれた通信。返事は即座に返された。
『ええ。でも、大丈夫なの?』
『…正直、わからない。この敵は、これまで対峙したどの敵とも違う存在だ。この場は退く方が得策だろうが…』
 言いながらも、その視線は黒い機体の、その左手に握られたままの剣に向けられた。
 インフィニティソード。レオナが開発した、勇者機兵用の未完成の新武装である。それを得体の知れない存在に渡してしまうわけにはいかない。
『……分かったわ。無理はしないで』
『ああ』
 会話を終えたつかさは、ウィングアークへと急行する。その様子をローブ姿の人間も、そしてデスペリオンも、視界には入っているだろうが、気にした様子を見せない。
 正人は背面のブースターに納められていた剣、カイザーブレードを抜き放つ。
『デスペリオン、と言ったか。その剣を、大人しく返す意志はないか?』
 正人の問い掛けに、答えはない。友好的とは言えない対応に、説得は不可能であると悟る。
『ならば…力尽くでも取り返すッ!!』
 勇者機兵を加速させ、ほぼ一瞬で相手の懐へと飛び込む。狙いは当然、インフィニティソードを握る左腕。
 しかしそれを易々と許すほど、甘い敵ではなかった。

 ギィィィィィィィィィィン!!

 右手に握る刀で打点をずらされ、受け流される。その技量に舌を巻く暇もなく、正人は大きく後退する。
 一瞬前まで勇者機兵の在った空間を、左手のインフィニティソードが薙ぎ払う。
 距離を置いて剣を構えなおす正人の頬を、冷や汗が伝う。
(くっ…! やはり、この状態のままでは…!)
 正人は自らの操る勇者機兵の、反応の鈍さに顔をしかめる。実力の拮抗した相手ともなれば、この事実は致命的となる。
 出し惜しみをして勝てる相手ではない。そう判断するには、充分すぎる条件だった。
『……ッ! GXシステム、起動ッ!!』
 正人の宣言と共に。勇者機兵は金色の光に包まれた。


「…いったぁぁぁぁい…」
 損傷を受けたショックで停電状態にある艦内を走り抜けながら、思わぬ突起物に正面から額をぶつけたレオナは、痛む箇所をさすりながら、被害を受けていない後方の格納庫へと辿り着く。そこは、もう一人の勇者機兵隊員が待機する場所でもあった。
 扉をくぐった先に収められていた一機の黒い戦闘機を目の当たりにして、とりあえず安堵のため息を吐いた。
「天心丸! 大丈夫だった!?」
『自分は問題ない。調整も終了していたため、自主的に出撃準備は整えていた』
 返されたのは、どこまでも冷静な響きを持つ言葉だった。しかしレオナは、それを逆に頼もしいとさえ思ったのである。
『状況はある程度把握している。ウィングアークは身動きが取れまい。脱出する、乗り込め』
「あいよッ! 頼りにしてるわよ、天心丸!」
 レオナはそのまま機体へと駆け寄ると、既にキャノピーの空いていた操縦席へと飛び込む。正確には飛び込もうとした時に躓いて転びそうになり、慌てて体制を建て直して改めて乗り込んだのだが、とりあえず結果は同じであった。
『しかし、宇宙空間に浮かぶ人間とはな。そんな芸当の出来る人類がいるとは驚きだ』
「……まぁ、機兵の貴方でもそこまで驚くって言うんだから、同じ人間であるところの私なんて、もっと驚いてるけどね」
 操縦席を閉じながら告げる天心丸に、レオナは冷や汗と共に言葉を返しながらも、備え付けのシートにその身体を固定させる。
 艦内の電源が落ちている以上、ハッチは手動で空ける必要がある。そして密封型の大扉を開けるなら、人間であるレオナよりも機兵である天心丸のほうが適していた。
『固定はすんだな? 変形するぞ』
「おっけ、お願い!」
 レオナの言葉に答え、天心丸は限られたスペースの中で、その形状を変化させる。
 背後の推進器が左右に分かれて伸び、収納されていたつま先が立ち上がる。本体両脇に縮小されていた両腕が伸びると、出現した掌を床についてゆっくりとその身を起こす。
 充分なスペースを確認すると、機首の部分が中ほどで折り畳まれ、胸部となると、むき出しになった根元に収納されていた、丸頭に鉢金という容姿の頭部が姿を現す。
 胸部のパネルが回転して現れるのは、四方手裏剣をモチーフにした意匠である。そしてその瞳に光が宿り、変形は完了した。  天心丸は両脚で立ち上がると、ルームの隅に備えられた非常用のハッチへと歩み寄る。そして脇に備えられたハンドルを手に取ると、手動で開こうと力を込めた。
 が、その手が突如停止する。
「…? どうかした?」
 その行動に疑問を覚えたレオナの問いに答える代わりに、天心丸は腰の後ろに納められた、刀の柄に手を伸ばす。
 その意味を察したレオナは口を紡ぐと、身を屈めて衝撃に備えた。
 次の瞬間。

 ドォォォォォォォォォォン!!

 響き渡ったのは、外側から内側に向けての衝撃。外装に向けて放たれたであろう攻撃によって、ハッチごと打ち抜いたのだろう。
 そしてそれと同時に、天心丸の抜き放った不可視の刃、夢幻の太刀が一閃される。ハッチ破壊と同時に突撃する腹積もりであった敵影は、成す術もなく両断される宿命であった。
『奇襲は忍者の得意分野だ。挑む相手を間違えたな』
 自らが成しえた結果など意に介さずに、天心丸は突撃してきた機体の残骸に視線を落とす。
 人型をしている、機械。機兵であると考えるのが自然な流れではある。天心丸の視線を通じてそれを見たレオナは、自らの知識にない機体を目前にして、首を傾げた。
「見たこともない機体だわ…新型かしら?」
 機兵の一種であると判断しても差し支えないだろうシルエットである。カメラアイがゴーグル状になっている点が勇者機兵隊所有のものとの違いではあったが、それも結局製作者のセンス一つで変わるものだ。分解して調べてみれば何か分かるかもしれないが、流石にそれを実行できる余裕は無かった。
 そんなレオナの心の内を知ってか知らずか、天心丸は彼女の呟きに律儀に答えた。
『さて、な。友好的な雰囲気ではない以上、あの生身の男の仲間であることは確かだろうが』
 その意見には同意せざるを得ない。レオナは操縦席に設置されているレーダーに目を落とした。
「…いつの間にか、囲まれてるわ。周囲に母艦の姿も確認できないって言うのに、どういうことかしら?」
 真剣に思い悩むレオナ。同じ疑問を抱いていた天心丸は、肩をすくめて呟いた。
『……まるで、召喚士だな』
「へ?」
 思わず聞き返したレオナに、天心丸は僅かに表情を歪めた。我知らず呟いた言葉というのは、他人に聞かれては恥ずかしくなるものだからだろう。
「今、何て?」
 追及を受けて言いよどむ姿というのは、天心丸にしては珍しい光景である。が、やがて意を決して重い口を開いた。
『…………地球にいた時に聞いたことがあるだけだ。異世界から召喚した別種の存在を使役して戦うスタイルを持つ者を、召喚士と呼ぶらしい』
 その言葉を受けて、沈黙が訪れる。
「…………………………………ゲームの話?」
 我に返ったレオナの確認に、
「そうだ」
 そっぽを向いて答える天心丸だった。
「…でもまぁ、確かに的を射た名前ではあるわね。とりあえず、あの奇妙な人間は”召喚士”と呼びましょう」
『複雑な気分だが…まぁいい。で、どうする。隊長は現在交戦中。この様子では、つかさもこちらへ援護に向かう前に阻まれていることだろう』
 天心丸の意見に頷き、レオナはそれを踏まえた上で指示を飛ばす。
「まずはつかさとの合流。そして周囲に展開した謎機体の撃破。最後に正人と合流して黒い奴を撃破しつつ、召喚士を拘束する。どう?」  天心丸には、これを拒む理由がない。
『今のところ本人が攻撃に参加する意志を見せない以上、先に脅威となる戦力を相手にするのは当然か。了解した、直ちに実行する』
 センサーが、筒抜けになった外壁から内側への侵入を試みているところを捉えた。天心丸はこれを受けて、両手首に仕込まれた手裏剣を数枚取り出した。
 炸裂手裏剣。充分な破壊力を望めない手裏剣内に炸薬を仕込み、直撃した相手を吹き飛ばすという武装である。元々は牽制用の装備であり、基本的な攻撃は夢幻の太刀で行うのが、忍者機兵のスタイルであった。
 天心丸は扉の影から開いた大穴の前に姿を晒すと、反応して武器を構えた敵機体目掛けて手裏剣を投げつける。
 引き金を引く直前に、敵の構えられた銃身に接触した手裏剣が炸裂し、攻撃の軌道を逸らした。
 天心丸は即座に行動に移す。怯んで、構えなおすまでに若干の時間を要する敵機体に肉薄すると、夢幻の太刀の袈裟斬り一閃によって無力化する。
『立ちはだかる敵は斬るのみ。悪いな、忍者とは非情なものなのだ』
 超速力こそ最大の武器。迫る敵機体との距離を一気に詰めながら振るわれる刃は、次々に敵を撃墜していったのである。


 金色の勇者の猛攻を前に、デスペリオンを操る少年、タツトは右手の刀と左手の剣で受け流すのが精一杯の状態であった。
 ”悪夢”の異名を持つ幻獣を従える彼は、常ならば余裕を見せつける素振りさえ見せつけているところだが、目前の相手を前にしてはそんなことに心を割く余裕がなかったのである。
(何だってんだ…? 急に反応速度が上がりやがった…!)
 つい先ほどまでは、取るに足らない敵であると思っていた。例えるなら、張りぼての機械人形を相手にしているような印象であり、苦もなく斬り捨てられると踏んでいたのだが、その目論見は外れることとなった。
 金色の衣、という表現が適切だろう。その全身を輝かせた目前の機体は。抜き放ったままの刃を振りかざし、最大加速で距離を詰めながら振り下ろした。
 速く、鋭い。咄嗟に、耐久度的に優れていると思われる左手の剣で、正面から受け止める。先ほど同じ要領で受け流し、右手の刀で斬り捨てようと構えたところで、タツトは自らの誤算に気づいた。
 強く握り締め、爪を展開した左腕が振り被られ、反応するよりも速く突き出されたことである。拳は寸分違わずデスペリオンの胸板へと突き刺さる。
 貫通こそしなかったものの、胸部の意匠とも言うべき竜の顔に亀裂が入るほどのダメージを受けて、黙っていられるタツトではなかった。
「ぐっ…!? こ、の野郎ッ!!」
 感情のままに振るった右の刀は余裕で回避され、それを見越して横薙ぎにした左の剣は容易く受け流される。手を休めることなく交互に斬撃を繰り出していくが、その尽くが見切られ、相手を捉える事ができない。
『手数を増やせば、捉えられるとでも思ったか? 二刀流は得意ではないようだが』
「うるせぇッ!!」
 的確な指摘、すなわち図星を突かれ、焦る気持ちを覆い隠すように刀と剣で十字の軌跡を描きながら振り下ろす。しかし、その交点を見極められたのか、鋭く振り上げられた一閃がにわか仕込みの一撃を易々と弾き返した。
『これで…!』
 返す刃で真っ向から斬り下ろそうとする勇者機兵に対して、タツトは咆哮した。
「…ッ! 終わるかよォォォォォッ!!」
 その絶叫に答えるように、胸部の竜の顎が大きく開かれ、瞬時に収束したエネルギーを炎に変換して撃ち出した。
 カウンターの要領で繰り出された必殺の一撃、ドラグーンフレイム。正人は慌てず、しかし確実に行動を阻害されながら、眼前に迫る炎の塊を両断した。
 しかし同時に、タツトは翼を大きくはためかせながら大きく後退。正人の剣の間合いから逃れた。
 目前の勇者機兵を、決して勝てない相手とは思わないタツトだったが、それでも真剣に挑まなければ敗北する、という事実を肌で感じていた。
「金色に光るとは、大したスーパーモードじゃねぇかよ…! 相手にとって不足はねぇッ!!」
 それは強がりというよりは、自らを奮い立たせる言葉である。気持ちで負けてはならないという意地で、両手の剣を握る手に力が入る。  その時。左手に収まっていたインフィニティソードに、異変が生じた。
「…? 何だ?」
 左手に感じる違和感に、タツトは視線を落とす。左手に握られた剣は、その鍔の部分が左右に開いたかと思うと、内蔵されていた排熱用のタービンが荒々しく回転を始めたのだった。
 それに呼応するように、刀身が金色の輝きを放ち始める。それはストライクキャリバーの纏う金色の衣に酷似したものであり、剣を手にしたタツトは自らの内側に流れ込む、形容し難い力の流動を感じた。
「何だってんだよ!? この、身体の内側を駆け回る、荒々しい鼓動は…クソッ、この剣か…!」
 悪態を吐きながら、思わず剣を手放そうとするタツトだったが、インフィニティソードは吸い付いたように離れてくれない。
 感覚的に、剣が身体の一部であるように感じられた。それは事実だが、実際にはそんな生易しいものではない。どちらかと言えば、魔剣や妖刀といった類の武器に心を乗っ取られたようなものであった。
 剣の鍔には、放出された金色の光が、∞の軌跡を描いていた。その輝きは全てを受け入れる温かさがなく、代わりに全てを刺し貫くような印象を与える、攻撃的な雰囲気を備えていた。
 それは持ち手であるタツト、デスペリオンさえ飲み込む程に、強く輝く。
「グ…アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?」
 魂の叫びが、声の届かないはずの宇宙空間に響き渡る。


 天心丸を相手にけしかけた手駒が一つ、また一つと撃破されていく光景を眺めながら、召喚士、オルゲイト=インヴァイダーはため息を吐いた。
「ふむ…イレイザーという機体は汎用性が高く、数を送り込むにはもってこいだが…基本性能はいま一つ、だな」
 目前の交戦光景を眺めながら、しかし大した動揺も表すことなく呟く彼は、イレイザー軍団に立ち向かう黒の忍者機兵、天心丸と、その援護へと向かう白の救命機兵、スカイガードナーを交互に見比べながら腕組みをして考え込む。
「それに対して、この世界の機兵というのは、単機でかなりの戦闘能力を発揮する反面、個人に合わせたカスタムメイドタイプのものが多いようだ…一長一短というわけか」
 それは敵の情報収集というよりは、純粋な品定めという面が大きいと感じさせるほど、何気ない響きを持った言葉であった。
 いま一つ緊張感に欠けるトップを据えた、敵勢力の戦いは言わば膠着状態と言えたが、その一角で今正に引き起こされようとしている異変に、オルゲイトは気付いた。
「ほう…なるほど、アレが”剣”の持つ特性というわけか。あのデスペリオン自らが動作試験をしてくれると言うなら、こちらとしても手間が省けるではないか」
 そこの知れない不気味な笑顔を浮かべるオルゲイトは、その場を動くことはない。己の目的はあくまでも召喚・使役する何者かを使って行う。正に召喚士と呼ぶに相応しい存在ではあった。
「せいぜい、派手に暴れてもらおうか…正確な情報を得られるなら、コレクションに加える意欲も増そうと言うものだ」
 善悪を超越した狭間の存在は、静寂の宇宙空間に佇むのみである。


 色も形も、そして武装も統一された人型機械に囲まれたつかさは、今や自らの身体となったスカイガードナーを操り、雨のように降り注ぐ攻撃を回避しながら肉薄すると、両脚側面の格納部から筒状の武装を引き抜くと、連結して一本の棍棒を形成した。
『ガードシャフト…!』
 感触を確かめるように振り回しながら、自身に向けられた銃身を叩き潰したと思うと、遠心力を利用して反転した横薙ぎが敵の胴体を薙ぎ払う。人型機械はさほど強度を持たないのか、外部装甲にめり込んだシャフトの衝撃に揺さぶられるように弾き飛ばされ、動けなくなる。
(わ、私が怪力って訳ではないわよね…?)
 武術に関して、実家が剣術道場を開いていた関係で、素人と言うわけではなかったつかさだったが、機兵に乗って戦闘になるのはこれが初めてである。力加減など分かるはずもなく、目の当たりにした現実の結果に、ただ驚くばかりであった。
 とは言え、実戦でいつまでも浮き足立っているわけには行かない。つかさは気を取り直すと、一つ一つ確認するように、機体性能を確かめていく。
 攻撃が命中し、若干の隙が出来たことを感じ取ったのか、人型機械は狙いを定め、手にした銃を乱射する。
 回避は不可能。そう判断したつかさの行動は素早かった。背面の翼の半ばほどに備え付けられた、ジェットエンジンの形状をしたユニットが、その先端部分を正面に向けるように立ち上がる。
 光波防御帯発生装置。文字通り、光のバリアを発生させて身を守る、拠点防衛用の装備である。その光の壁は、迫る攻撃の尽くを弾き返し、スカイガードナーへと至る攻撃を全て遮断して見せた。
『これが…セイバーリフレクション。”戦艦の主砲クラスなら軽々と跳ね返せる”なんて気楽に言ってたけど、本当に強力だわ…』
 開発した主任技術者、レオナの会心の笑みを思い出しながら、つかさは感心していた。
 異変を感じたのはその時である。
 突如、すぐ傍から感じられた膨大なエネルギーの反応。それはスカイガードナーのセンサーを通じて、つかさ自身も肌で感じることとなった。
 その位置は、つい先ほどまで自分がいた地点の辺り、正人と別行動を取った空域であった。
『…正人!?』
 思わずそちらへと視線を送るつかさ。
 そこには、金色の輝きを纏う勇者機兵と、混沌とした気配に包まれた竜人が対峙する光景があった。その在り様はつかさに、過去にあったとある光景を否応なく連想させた。
 それはかつて、彼女の故郷である地球で引き起こされた出来事。つかさが故郷を離れ、勇者機兵隊に属することになるきっかけとなった、”カオスガーデン事件”の最後の一幕。
 絶望に染まる覇王と希望を掲げる勇者の対峙。究極の一戦というべき光景の再来に、つかさの鼓動は否応なく高まる。良くも、そして悪くも。
(裏を返せば…それだけの敵が現れた、ということ…!?)
 その事実に、つかさは直ぐに正人の下へ駆けつけたい衝動に駆られる。しかしその心の動きを知ってか知らずか、数だけは揃えられた人型兵器の群れに囲まれてしまい、表情に焦りと苛立ちが浮かぶ。
(こんな時に限って…!)
 思わず、感情のままに飛び出しそうになるつかさ。しかしその一瞬前。
『必殺剣弐之型、<螺旋>ッ!!』
 黒い機影が横薙ぎに、舞い踊るように回転しながら突き抜ける。手にした不可視の刃は曲線を描き、その軌道上で硬直していた人型機械を苦もなく両断していく。
 天心丸は折り返してつかさの元へと飛来すると、肩を並べるようにして停止した。
『つ…つかさ…だ、だい…じょう…ぶ?』
 明らかに大丈夫ではない口調で声をかけたのは、天心丸の中にいると思われる主任技術者、レオナ=ラージスであった。その様子が意味するところを悟ったつかさは、若干表情を引きつらせながらレオナ、ではなく、彼女を乗せたままの天心丸に向けて口を開く。
『アクロバットとか、あまり無茶はしないであげて?』
『善処しよう』
 悪びれた様子もなく言い放つ天心丸に、つかさは苦笑を浮かべるしかない。苦笑で済まないのはレオナであろうが、彼女が文句を口にするには、今しばらくの時間が必要であった。
 だがとりあえず、彼女の回復を待ってやれるだけの余裕はなさそうだと、二人共に覚悟せざるを得なかった。
『あれがインフィニティソードの特性…単身でのエターナルフォームの発動か…失敗したようだがな』
 天心丸の言葉の通り、剣を奪った竜人は、不意に発動したシステムに取り込まれ、暴走状態にあるようだった。
 エターナルとはコアとなる精神を媒介に、サブパイロットによる制御によって安定する無限増幅回路を最大解放した、勇者機兵隊が保有する最大戦力の呼称である。レオナは、この力の発動をサブパイロット、又は人格による補助なしにシステムを起動させる方法を確立するために、そのキーアイテムとなる次世代型アルティメットウェポンの開発に取り組んでいたのである。
 インフィニティソードはその試作型であり、今回はつかさの機兵の調整と合わせて確認するべく、携行していたのだった
『いくら正人でも、あのシステムを相手にしては分が悪いわ。何とか加勢にいかないと…!』
 隊長である正人の実力は、付き合いがそれ程長いわけではないつかさにも良く分かっている。しかし、対峙するのは同じ勇者機兵隊の技術が生み出した化物だ。これまでとは勝手が違う。
『その前にこの、数だけは一人前の機体を始末しなければならんな』
 天心丸はそう答えながら、油断なく太刀を構えて周囲に視線を巡らせる。つかさもそれに倣い、シャフトを構えなおして攻撃に備えた。  人型機械たちは手にした銃火器を油断なく構えると、いつでも攻撃に転じられるように身構えている。
 勝てない相手ではないが、見逃せば束になって襲い掛かってくる。その厄介な状況に、二人の覚悟は決まった。
『まずはこの敵を一掃する。隊長にはしばらく時間を稼いでもらう以外にあるまい』
『ええ。私が不慣れな所のフォローはお願いね、天心丸』
 交わす言葉は短く、しかし通じたものは少なくない。
 黒と白の両機兵は、立ちはだかる敵兵の群れに、敢然と立ち向かう。

 正人は変貌したデスペリオンの姿に、かつて対峙した最悪の敵の影を見た。
 デスハザード。世界に絶望した一人の男の、世界そのものへの復讐心に捉われた悲しき存在の成れの果て。絶望の化身と呼ぶに相応しい、どす黒い衝動の具現化。
 その形状は、デスペリオン本来の持つ竜人の姿から変わっていない。しかし、手にしたインフィニティソードから流れ込む黒い波動が全身を包み込み、一回り大きな影を映し出している。
「…暴走したのか。機体とリンクする回路が不十分と言っていたが…どうやら、本当に機体を選ばずに発動するようだな…」
 努めて冷静に分析する正人だが、その心の内に余裕など無い。インフィニティソードに組み込まれたGシステムの発動とは、言わば精神をエネルギーに変換して機体性能を底上げするようなものであり、眼前の状況は強大な敵が立ち塞がったという、最悪の状況である。
 その敵であるところのデスペリオンは、両手に構えた刀と剣をゆっくりと持ち上げると、正面で交差させた。それは構えというよりは、何らかの儀式のような意味合いが強い印象である。
 その行動の意味を図りかねた正人だが、次の瞬間、理解せざるを得なくなった。交差した二本の刃は、混沌の渦に巻き込まれながら、溶け合うように一本の大太刀へと姿を変えたからである。使い手の精神と同調することにより、自らを適した姿へと再構築する。それがアルティメットウェポンの持つ特性でもあった。
『は…ははははははは…いいぜ。こいつはいい! 少しばかり面食らったが、慣れれば心の内から、いくらでも力が湧き上がってくるじゃねぇか!!』
 その言葉に、正人は驚愕する。
「意識を…エターナルの暴走状態にあってなお、自らの意識を保っているのか!?」
『へっ、何を驚いていやがる? デスペリオンとは悪夢の意。その化身ともなれば、絶望さえ糧として取り込めるってものさ。こんな暴走程度なら、使いこなせない道理はねぇな…!』
 感触を確かめるように、手にした大太刀を軽々と振り回して見せるデスペリオン。その動きからは、彼の話す言葉が口だけのものとは、到底思えなかった。
 それが事実であれば。完全型のGシステムを搭載していないストライクキャリバーでは、目前の敵を倒すことは出来ない。
 その事実を踏まえた上で、正人は言葉を返した。
「そうか。ならば…その仰々しい称号ごと、断ち切るのみ!」
 敵が強いことを理由に勝利を諦めるなら、”勇者”を名乗る資格はない。対策を立て直すための撤退は選択肢の内であるが、目前のデスペリオンが見逃してくれるとは考えにくい。
 そして何より、攻略法がないわけではなかった。
(インフィニティソードは、まだ試作型だ。機体とのリンク回路は未完成と言っていたし、何より剣を一時的にでも切り離せられれば、暴走状態は解除できる筈だ…!)
 元々、正人に合わせて設計された武器である。その詳細を熟知していれば、対策の一つも浮かぼうというものだ。ただ一つ問題があるとすれば、暴走強化されたデスペリオンを相手に、GXシステムで何処まで立ち回れるかということである。
 勇者機兵隊内でGシステムを扱えるのが、現時点で正人ただ一人である以上、実データなど取れるはずもない。正人は否応なく感じる不安を振り払うように、剣に込める力を強めた。
『へぇ、やる気かよ。ならお互い、試してみようじゃねぇか。オレとお前どっちが強いのかをよぉ…! 最も、竜斗でもなければ、オレの剣を受けることなんざ、できねーだろうがなッ!!』
 デスペリオンは大太刀を両手で握ると、肩に担ぐように構え直した。それだけで場の空気が変わる。突き刺さるような視線は殺気に混じり、正人の心の奥の恐怖心を刺激する。しかし、決して目を逸らすことはない。
 自らもカイザーブレードを両手で握ると、先手を打って距離を詰める。ブースターを利用した直進移動は、ストライクキャリバーの得意分野である。その特性を最大限に生かして、剣を大きく振り被りつつ懐へと飛び込んだ。
「オォォォォォォォォォッ!!」
 気合の叫びと共に一閃。両手持ちに構えた大太刀を払いつつ、更に一撃を繰り出そうとした正人であったが、デスペリオンは不意を付いた筈のその一撃を難なく受け止め、拮抗する。
『その程度の動きを、奇襲とは言わないだろ? それと、攻撃するなら…』
 無造作に込められた力が、全力でぶつかっていった正人を軽々と押し返すと、大きく振り上げられた太刀は一切の迷いも含むことなく、真っ向から振り下ろされた。
 反射的に、全速力で後退して攻撃を回避しようとする正人。しかし僅かに一歩、踏み込みを見せたデスペリオンの一太刀は、正人の予想を超えてその身に届いた。
「くッ…!?」
 自らの行動もあって、浅い当たりであった一撃は装甲を削り取るまでは行かなかったものの、衝撃が全身を揺さぶり、機体を大きく後退させた。全身に走る痛みに顔をしかめながらも体制を立て直すと、今度はデスペリオンの方から距離を詰めてくる光景を目の当たりにする。
『これぐらいはやらねぇと、なぁッ!!』
「は、速い…ッ!」
 振り抜いた刃を切り返して、大きく振り上げる一撃が再び正人を襲う。咄嗟に剣を構えて受け流すが、やはり勢いを殺しきれずに弾き飛ばされてしまった。
 成すすべもなく翻弄される正人の様子に、デスペリオンは歓喜の表情を浮かべた。
『紅月流、<鋭月>…基本技でこの威力とは、ゴキゲンじゃねぇか! これなら、竜斗にも負ける気がしねぇぜ! ははははははッ!』
 手にした力の大きさに興奮を抑えきれないのか、基本的な型はそのままに、感情を乗せた大振りの一撃を次々と繰り出し、正人を襲う。荒々しい動きながらも、出鱈目に加速された剣閃は嵐のように入り乱れ、受け流すたびに弾き飛ばされては詰め寄られ、一瞬でも気を抜けばばっさりと斬り捨てられそうなほどに、隙がない。
 GXシステムによって、自らの能力を最大限に活用できるようになった正人ではあるが、限界を超えた能力を使用できるGシステムが敵である以上、苦戦することは避けられない。そう言い聞かせながらも、疑いようのない実力の差を見せ付けられ、その表情にも焦りが浮かぶ。
(GXシステムは簡易型とはいえ、無制限には使えない。もし限界を超えて強制的に解除されたとしたら、俺に勝機はない…!)
 だが、そんな思惑など意に介さずに、デスペリオンの攻撃は執拗に続いている。正人の集中力が途切れるのも時間の問題である。
 その時。
『必殺剣壱之型、<一閃>ッ…!』
 デスペリオンの死角から割り込む、黒い小さな機影。手にした不可視の刃と共に、敵機の真上から一気に駆け抜ける天心丸が、すれ違い様に放った一撃を放つ。狙いは大太刀を扱う起点、右腕の手首である。
 不意を突いた一撃は寸分違わず直撃するが、相手の身体に纏わりつくように存在する混沌の波動に遮られ、効果がない。
『へっ…その程度の攻撃が効くかよッ!』
 力任せに振り払い、天心丸の体勢を崩して大太刀を振り被るデスペリオン。
 そこへ割って入るのは白い機影。背面のジェネレイターを中心に広がる光波防御帯が瞬間的に広がる。
『セイバーリフレクションッ! その攻撃は通さない…!』
 つかさの宣言通り、光の壁は振り下ろされた剣の一撃を遮った。が、そもそも体格差がありすぎる。膂力のみで押し切られる形となり、展開された壁に亀裂が入る。
 その瞬間、行動に転じていたのが正人と天心丸だ。正人はデスペリオンとスカイガードナーの間に割って入り、天心丸は無防備な背後へと回って刃を振るう。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
『必殺剣参之型、<双牙>ッ!!』
 正人の斬撃がデスペリオンの大太刀を弾き、天心丸の連撃が翼を薙ぐ。共に決定打には至らないものの、スカイガードナーへと向けられていた視線は反れ、攻撃を加えた二人に対して、大太刀を振り回して威嚇するデスペリオン。
『…ッ! 鬱陶しいんだよッ!!』
 苛立ちを隠そうともせずに怒声を上げるデスペリオンに隙を見た正人は、必殺の一太刀で勝負を決する覚悟を決めた。
 ストライクキャリバー胸部が上下に解放されると、内側から露出するのはレンズのような球状結晶体。その意図を悟った天心丸とつかさは、即座に退避する。
 一瞬対象を見失ったデスペリオンが硬直する。
「ホールディングブレイザァァァァァァッ!!」
 結晶体から解き放たれた光弾が、寸分違わず狙い定めた敵へと直進する。しかしそれは、今のデスペリオンにとって反応できないほどのものではない。
『へっ、そんな攻撃が効くかよ…………ッ!?』
 一閃。光弾を断ち切ったことで安堵した次の瞬間、解放された拘束領域が周囲の空間ごとデスペリオンを捕らえた。
 その決定的なタイミングを見逃す、正人ではなかった。
「カイザードライブ、フルチャージッ!!」
 宣言と共に掲げられたカイザーブレード。鍔に埋め込まれた放熱用タービンが高速回転しながら、勇者機兵の纏う金色の衣はその刀身へと収束していく。
 だが、拘束領域とて万能ではない。力任せに引きちぎろうと、デスペリオンの身体が抵抗し、その端々に綻びが生じ始めていた。
 しかし完全に解放されるよりも、正人が攻撃に転じるタイミングの方が速かった。
「カイザァァァァァッ…! フェニックスフラァァァァァァァァァッシュ!!」
 刀身に宿らせた金色の輝きを、そのまま攻撃へと変換して撃ち出す。鳳凰の羽ばたきを思わせる衝撃波が、力任せに拘束を引きちぎった直後のデスペリオンに直撃した。
『ウ…オォォォォォォッ!?』
 その姿は爆発に覆われ、視界から途絶された。正人は警戒を怠らないままに、肩で息を整えていた。フルドライブアタックと同時にGXシステムが解除されたことで、その反動が肉体に返ってきたのである。
 しかし、それも一瞬のこと。正人は気を取り直し、剣を構えなおした。
 そこへ掛けられたのは、完全に蚊帳の外で静観を決め込んでいた男の声である。
「なるほど。見事な力だ」
 黒衣の召喚士の姿が、いつの間にか正人の目前に在った。相変わらず敵意を振り撒くことなく、品定めをするような目で勇者機兵を、そして傍らに集結した救命機兵と忍者機兵へも向ける。
「あの”剣”も興味深かったが…それを相手に一歩も引かない君たちの力も、実に興味深い。ここで一つ、提案を聞いてはもらえないだろうか?」
「提案…だと?」
 掌を返した、とまで思わなかったというのが本音ではあるが、武力行使と強奪を躊躇なく指示した男の言葉に、警戒するなという方が無理な話である。正人の探るような視線をものともせず、男は言葉を続けた。
「私はオルゲイト=インヴァイダー。故あって、大いなる力を蒐集せし者。その力を、私の元で振るってみる気はないか?」
『強奪の片棒を担ぐような真似は出来んな』
 即答で拒否したのは天心丸である。正義に順ずる忍者機兵だからこそ、自らの不正を詫びようともしない態度がよほど腹に据えかねるようであった。
『何の説明もなしに力を振るった貴方の対応を、まずは謝罪することが先ではないですか?』
 つかさの厳しい指摘は、逆にまだ聞く耳を持っているという意思表示でもあった。しかしこれに対して、オルゲイトは不気味な笑みを浮かべるに留まっている。
「…オルゲイト。貴方の考えを頭ごなしに否定するつもりはない。しかし実際、貴方の身勝手な行動で、こちらは多大な被害を受けている。それに関する説明もなく、一方的に力を貸してくれでは、流石に納得はできない」
 正人の言葉に、オルゲイトは笑いながら困惑する、器用な表情を浮かべて見せた。
「…ふむ。蒐集欲に駆られて他を疎かにするのは、私の悪い癖だな。さて、どう話したものか…」
 オルゲイトの態度に、正人たちは次の行動を決めあぐねた。
 その時、思わぬ行動に出たのは、着弾の爆煙を薙ぎ払って猛進する、攻撃を受けて沈黙したはずのデスペリオンであった。
『今のは効いたぜ、この野郎ォォォォォォッ!!』
 一直線にストライクキャリバーに向かうその姿は、先程よりも深い混沌の禍々しさに覆われ、原型さえ歪めそうなほどに凶悪な雰囲気を纏っている。
「くッ!? 耐えたのか!?」
『遅ぇぇぇぇッ!!』
 咆哮と共に繰り出された横薙ぎを咄嗟に回避して見せた正人だが、一太刀目の軌跡が視界から途切れない刹那の間に切り返された唐竹の一撃が、勇者機兵に容赦なく襲い掛かる。
 紅月流<連月>。一太刀目の威力に二太刀目を加えるという超人的な技は、その交点の威力を大幅に引き上げる。
 咄嗟に構えて受け流そうとする正人。だが。

 パキィィィィィィィィィィィン!!

 身を捩り、直撃を避けられた勇者機兵であったが、その手に在ったカイザーブレードは、中ほどから真っ二つにへし折られてしまう。
 しかし、驚愕する時間すら、彼には与えられていなかった。
 増幅し続けるGシステムのエネルギーを纏う極限の連月。その交点が生み出したエネルギーは、繰り出した当人の予想さえも上回る結果を生み出すことになる。

 交点を中心に、宇宙空間という光景そのものに亀裂が入ったことを、その場に居合わせた全ての者が目撃した。

「な…何だ!?」
 剣を失って放心する余裕すらなく、困惑する正人。
『いかん、巻き込まれる!?』
 咄嗟に退避しようとするが、爆風に煽られて身動きの取れない天心丸。
『正人! レオナ! 天心丸!』
 光波防御帯による防御を咄嗟に実行し、仲間を引き寄せようとして失敗するつかさ。

 一切の物理現象を遮断するように立ち尽くすオルゲイトと、Gシステムの力で容易く衝撃に耐えるデスペリオンを残して、勇者機兵隊の一同は爆心地が生み出した亀裂に飲み込まれるように消えていった。

『へっ、何だよ。これからたっぷりと、仕返ししてやろうと思っていたのによぉ』
 呆気ない終幕に愚痴をこぼすデスペリオンに対して、オルゲイトはパチン、と一回指を鳴らす。
 それに呼応するように、デスペリオンの姿が粒子状に分解され、消滅していく。もう出番は終わりか、と舌打ちを一つ残しながら、その姿は完全に消失した。
 その場に残されるのは、勇者機兵が持つべき両手剣、インフィニティソードただ一振りである。
「…ふむ。まさか次元を切り裂くほどの一撃を繰り出すとは…やはり興味深い剣だ…」
 宇宙に漂う剣の上に降り立つと、オルゲイトは現れたときと同様に、空間を歪めてゲートを形成した。そして正人たちが消滅した空間に視線を戻すと、思いついたように呟く。
「…そうだ。彼らを私の世界に招待しようではないか。その上で心変わりを誘えるならばよし。もし聞き入れられなければ…」
 そこで言葉を区切り、その表情を笑顔に歪めた。
「まぁコレクションに加えるなら、操縦者にこだわる必要もあるまい」
 オルゲイトはそれだけを言い残し、剣と共に歪みへと消えていく。

 訪れるは、静寂。




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