「野郎、何てパワーだ……!」

 御剣志狼(みつるぎ しろう)の吐いた悪態が、その場に空しく響き渡った。
 勇者の鎧と呼ばれる雷の騎士、ヴォルライガーを纏った彼は今や膝を付き、全身に叩き付け羅られた無数の傷の痛みに顔をしかめながら目前の敵を睨み返している。
 同調によって痛覚さえ還元するデメリットは今に始まったことではないが、その表情を曇らせているのは痛みそのものでは無く、相対する敵に対して遅れを取っている己の不甲斐なさへの苛立ちが原因である。
 戦場を共にする相棒の一言が、それを証明していた。

『正面から押し切られるとは、厄介だな』

 勇者の鎧に宿る人格とも言うべき存在、ヴォルネス。
 戦闘時にはサポートに徹している彼の言葉は、今の状況を正確に把握していることを証明していた。
 剣を用いた近接戦闘を得意としているヴォルライガーと、高い剣術の能力を持つ志狼という組み合わせから生み出されるのは、白兵戦に特化した強大なまでの戦闘力であると言える。
 正面突破こそがその本領を発揮する戦術であることは明白だたが、彼の言葉の通りその状況に持ち込んでなお競り負けたと言うのが、現在の状況だった。
 その状況にまで追い込んできた張本人は、未だ彼らの目前に立ちはだかっている。

「こいつは一体何なんだ? 黒い死神みたいな恰好しやがって」

『分からない。トリニティが送り込んできた刺客だとは思うが』

 黙して立ち尽くす巨大な影は、ヴォルライガーと同じく人の姿を象った鋼の巨人。
 黒で統一されたボディに蝙蝠を思わせる一対の翼、その手には身の丈ほどの大きさを誇る大きな鎌が握られていた。
 そんな立ち姿で一際目立ったのは、胸部を中心に全身に張り巡らされるように刻まれた痛々しいまでの傷跡であり、そのラインをなぞる様に禍々しい赤色の光が零れている。
 志狼の言葉通り、死神と称するのが最も適切な姿をしているその敵の存在に、2人は心当たりが無かった。
 傷付けられたとは言えまだ身動きは取れるヴォルライガーであり、再び襲い掛かってくるようであれば気合いを入れ直して迎撃して見せるだけの気概を失っては居なかったが、それを警戒しているのか死神型の巨人は考えなしに行動に移ろうとする迂闊さを見せることはない。
 しかし、同時にこの場で見逃すつもりもない様子で、手にした鎌を突き付けながら一言、敵意をむき出しにしたまま呟いた。

『……”勇者”は、全て破壊する』

「……あぁ?」

 呼ばれ慣れていない肩書で呼ばれたことへの違和感とはすなわち、自らを指し示す言葉として適切ではないと考えているからだろう。
 ヴォルライガーが”勇者の鎧”と呼ばれる存在であることを思い出したことでようやく得心がいった志狼だが、改めて敵意を示す敵意を行動に移すことに躊躇いのない相手がその鎌を切り返して振り被ったところで、咄嗟に剣を構えて身を守る。
 その防御に叩き付けられた渾身の一撃は、抵抗空しくその全身を後方へと弾き飛ばした。

「ぐあッ……! この、馬鹿力がッ!」

『防御が意味を成さないとは……立ち止まると危険だぞ、志狼!』

「わかってる! クソッ、ダメージがまだ……!」

 一方的に不覚を取ったのは己の未熟さと認めるしかないものの、だからと言って素直にトドメの一撃を受けてやるほど志狼は潔い性格をしていない。
 無数の傷を受けながらも致命傷となる一撃は受けていない事実が、それを証明していた。
 死神の鎌の攻撃は確かに強力であり、単純に力負けしている以上は正面から打ち破ることは出来そうもないものの、その軌跡を見切ることはそう難しいことではない。
 ただ、それに合わせて動こうとするタイミングで内臓火器による牽制も加わるため、接近戦の武装しかないヴォルライガーとの相性が悪いことが、現状を生み出す要因となっていた。
 それともう1つ。

(あの全身を巡ってる赤いライン。気のせいか、さっきより光が弱くなってないか?)

 敵が攻撃に転じる度に不気味な輝きを増す、傷跡のような紋様を描く赤い光が、まるで内側から溢れるエネルギーそのもののようだ。
 苛烈に打ち込まれる連撃の全てが、正に身を削るように放たれているのだとすれば、痛みを堪えてでも長期戦に持ち込むことで状況を覆す可能性を掴むことが出来るかも知れない。
 その前に倒されてしまっては元も子もないが、持久力と気合で引けを取るつもりはないという自負から、目前の敵を睨み付ける。
 その相手の手に握られた鎌の刃が、今まさに自分に向けて振り下ろされようとしているところであった。

「やっべ……!」

『破壊する……それが、それだけが私の……!』

 更なるダメージを覚悟して歯を食いしばった志狼はそれでもなお、視線を逸らさない。
 故にその視界は、目前の光景を捉えることとなった。

『<ストライクバルカン>ッ!』

 突如、両者の認識の外より撃ち込まれた機関砲が死神の背後を捉え、衝撃によって手元を狂わされた一撃が僅かに軌道を逸れた。
 その期を見逃さなかった志狼は剣を振るってその攻撃を押しのけ、直撃を避けることに成功したのである。
 間合いを取って剣を構え直したヴォルライガーのその脇に、上空より舞い降りた青い巨人が並び立った。

『志狼、ヴォルネス! 遅くなって済まない、無事か?』

「正人さん!」

『ストライクキャリバー……! 感謝する!』

 勇者機兵隊隊長、神条正人(しんじょう まさと)の操る勇者機兵、ストライクキャリバー。
 その視線は目前の死神に据えられたまま、油断なく身構えている。

『気を付けてくれ、正面からこちらを圧倒できる敵だ!』

『分かっている。この目で見るまでは信じられなかったが、まさかこの世界で出くわすことになるとは』

「……こいつを知ってるのか、正人さん?」

 正人から返された返答に違和感を覚えた志狼は、敵から意識を逸らさないまま疑問を口にする。
 改めて敵の風貌を見れば、勇者機兵隊の保有する機兵と似偏ったシルエットをしているように見えなくもない。
 ただ、ブレイブナイツを始めとした巨体を複数見慣れている身としては、その一点を頼りに物事を推察することは難しい。
 自然と口を突いた問いに対して、正人は言い淀むことも無く返答を返す。

『ああ。私の居た世界のかつての敵……犯罪組織ハザードが生み出した死神機兵、デスファントムだ』

 この世界に辿り着く前の勇者機兵隊の状況は断片的にしか耳にしていなかった志狼だが、その組織の名前自体は耳にしたことがある名前だった。

 正人が隊長になる以前より対峙していた犯罪組織の名前であり、かつての戦いで壊滅状態にまで追い込んだと言う顛末までを雑談交じりに耳にしていたからである。
 その組織の機兵が敵として現れている状況を考えれば、恐らくはトリニティがこちらを攻撃する戦力として利用しているのだろうと推測できた。
 しかしそれが何故実行できたのか、詳しい経緯に関してはここで考えを巡らせたところで答えには至らないだろう。
 その答えを知りたければ目前の相手を直接問い詰める以外に無いのだろうが、聞いたところで素直に応じてくれるものか。
 そこまで思い至ったところで、乱入してきたストライクキャリバーを凝視していた敵機兵、デスファントムが敵愾心を態度として示してきたのである。

『貴様も……勇者か?』

 死神の鎌を突き出しながら問い掛けてい来る、その声色は怒りを通り越した憎悪を内包したどす黒い響きを伴ったものだ。
 その不気味さを象徴するかのように、機体の全身に張り巡らされた赤色の線の輝きが増し、まるで鮮血の循環の様に蠢いている。
 仇敵を前に傷が疼いているかのような状態に、志狼は背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。
 正人もまた同じ状況なのだろう、警戒を解かないままに問いに答える。

『勇者機兵隊隊長、神条正人。そして勇者機兵、ストライクキャリバーだ』

『やはりか、勇者機兵隊……ならば貴様だ。貴様こそが、私の破壊すべき敵!』

 敵と見定めた相手を即座に切り伏せようと、鎌を振り被って踏み込んでくるデスファントム。
 それに対して、傷ついたヴォルライガーを庇うべく前へと出ながら、両腕の甲に装備されたストライククローを展開して防御の姿勢を取るストライクキャリバー。
 胴の真芯を貫こうと迫る刃の先端を、激しい金属音を伴いながら両の爪によって受け止める。

『狙いは勇者機兵隊か……! 既に組織は壊滅した筈のお前たちが、何の為に私を狙う!』

『邪神の心音が破壊されようと、我々が滅ぶことは無い。既に手遅れなのだ』

『邪神の心音……だと!? まさかお前は……クローク、なのか!?』

 正人がその名を口にした瞬間、死神機兵は確かに動揺を見せた。
 押し返される勢いを利用して後方へと跳んだことで崩れた拮抗を前に、追撃を加えようとしなかったのは当人にも若干の動揺があったからだろう。
 デスファントムもまた、想定外の状況にあることで次の一手を決め兼ねているのか、距離を置いたまま様子を伺っている。

『私の名を知る、だと……? 勇者機兵、その存在は私の情報には存在していない』

『存在しない……? やはりお前は、過去の……』

 正人が言葉を続けようとしたその瞬間。
 デスファントムが突如、その場で膝を付いた。
「何だ……!?」

 せめて状況だけは見逃すまいと気を張り詰めいてた志狼の目にも、何故崩れ落ちたのかを察することが出来ない程に突然の状況である。
 と、全身を巡っていた赤のラインが色を失っていく様子を目の当たりにし、それに比例して力を失っていくようにも見えたことから、それが原因ではないかと推測した。
 しかしそれを裏付ける証拠も無く、どう判断したものかを決め兼ねていたところで、デスファントムは苦悶に満ちた様子で言葉を呟いた。

『ぐッ……刻限、か』

『何……?』

 その意味を語る余裕も、必然もないとばかりに鎌を支えに立ち上がると、視線をヴォルライガー、そしてストライクキャリバーへと移しながら更なる言葉を続ける。

『勝負は預ける……勇者機兵、貴様は必ず、私が破壊する!』

 呪詛にも似た響きを伴った呟きを残して。
 デスファントムは失われた赤の光に引きずられるように闇に沈み、その場から忽然と消失してしまったのである。

  「……消えちまった。一体アイツは何なんだ?」

『分からん。だがどうやら、正人殿には心当たりがあるようだったな』

 ヴォルネスの指摘で正人へと視線を向ける志狼に、正人は頷きながら答えを返す。

『……あれはおそらく、私の世界に居たかつての敵だ』

「かつての?」

『あぁ。今は彼の、その意志を継ぐ者が我々の仲間になっているからな』

『……随分と複雑な事情がありそうだな』

 遺志を継ぐ、という言葉を察したヴォルネスの言葉に、正人は頷いた。
 それは勇者機兵隊が経験してきた戦いの中に於いても、特に複雑に絡み合う案件に起因しているからだと彼は言う。
 それは今もなお各々の心の内に教訓という形で残り続けている。

『彼の名はクローク。私の体感では今から6年前。私が隊長を引き継ぐ切っ掛けとなった事件の折に、遂に消息を掴むことが出来なかった最後の1人だ』

 何故ならその事件とは、後に”ハザード事件”と呼ばれることとなった、犯罪組織ハザードの壊滅と先代勇者機兵隊隊長、ルーンカイザーの殉職という大きな転機を伴うことになった出来事だからである。




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